090
ニコラの母親、ヴァレンティナ・ルナプリアもサーラ王女達と共に帰国する。
「リン・ナムロ。娘を頼みます。」
残りの留学期間、仲良くしてやってくれ。的な意味でとらえた俺は
はい。とだけ答えた。
隣のニコラが俺に抱きついた。
「リン。ありがとうです。本当に。」
いや。お前の母親に酷い事を言って悪かった。
「ワタシ判っていたですよ。リン。きっとリンはこうなるって。こうしてくれるって。」
かなり強く抱きしめられて少し痛い。
「もういいだろっ」
「もういいでしょっ」
市野萱友維と箱田佐代が同時に引き剥がした。
「出遅れたわね伊紀。」
「私とした事がっ」
橘佳純と滝沢伊紀は何を言っている。
「皆さんも、娘をよろしくお願いします。」
「お願いされます。」
「お任せください。」
ヴァレンティナ・ルナプリアの罪が消えたのではない。
彼女はこれから罰を受ける。
大人たちは、子供の俺達にそれを知らせることなく帰国した。
サーラ・プナイリンナと御厨理雄は
彼女を委員会の運営に携わらせた。
フロレンティナ・プリマヴァラとして存在していた頃の行為の清算。
考えようによっては何より辛い罰になる。
サーラ王女も御厨理雄もそれをさせようとは考えていなかった。
彼女には、未だに止むことの無い「混血の継ぐ者」への迫害や差別に対して
特別チームを組み対策にあたらせようとしていた。
だがヴァンレティナ・ルナプリア本人が、それを罰とは思えなかった。
2人の申し出を受託すると同時に、
「自分への後始末」を申し出た。
サーラ・プライリンナは、彼女にとってそれがどれだけ苦しい作業になるのか判っていた。
しかしそうする事でしか、彼女は自分を許さない事も知っていた。
彼女が最初にしたのは、マリ・エル・ハヤセとトーネ・ハーゲンに会い、
謝罪し、共にマリ・エル・ハヤセの家族を探す事。
余談ではあるが、マリ・エル・ハヤセは無事に家族を発見する。
だが再会はしなかった。マリ・エルにはもう「どうでもよいこと」になってしまっていた。
あんなに会いたかったのに。
今度は受け入れてくれるかも。と期待していのに。
今更戻ったところで、私を嫌い虐げ続けた者には変わりない。
人と、人とアスワングの混血。それはただの「呼び方」でしかない。
あの人達は、たったそれだけの事も気付かない人達だったのだ。
マリ・エル・ハヤセはヴァレンティナ・ルナプリアと行動を共にするようになる。
そして少し後、トーネ・ハーゲンも加わり、
後にこの3人を中心として結成された特別組織は
彼女達と同じ境遇の「継ぐ者」達を数多く救い、
委員会に欠かせぬ存在となる。
箱田佐代はずっと不満を俺にぶつけていた。
それは伴とではお前が組み辛いかと
「だから何でそもそも伴ありきなのよっ。」
「それに柚ならよくて私じゃダメって何でよっ」
「待てっ。俺は桃さんを誘ったんだっ。」
そうなのか?
「当たり前だっ。なんでこんな奴とっ。」
「こんな奴とは何だっ。タダメシに釣られただけのくせにっ。」
「お前出してねぇだろっ。」
「ちょっとっ。私が文句言ってるのよっ。」
箱田佐代。理由は他にもある。
お前はヴァンパイアだ。あの場にいては怪しまれてしまう。
不自然過ぎる。
それに俺はティナが1人で来るとは思わなかったんだ。
俺とニコラを引き連れて、もしかしたらそれを監視なりするために魔女もいたなら
橘結であれ橘佳純であれ狙う可能性もある。
その時お前が2人の傍に居てくれたら俺も心配が減る。
(とは言ったのだが父親も小室絢もいただろうから全く心配はしていなかった)
津久田伴に来てもらったのにもワケがある。
「どんなワケよ。実はこっそり付き合ってるんじゃ無いでしょうね。」
それはない。
俺は伴に頼みごとをしているんだ。
「どんな頼みよ。」
俺の意識が飛んで暴走した時は遠慮なく拘束しろ。
「それでしたら私がいたしますのにっ。」
滝沢伊紀。お前こそ橘佳純の傍から離れてどうする。
だがお前と橘姉妹にしか根本的な解決は図れない。
他の者で対処するには「意識」ではなく「肉体」を止めるしかない。
それが出来るのは津久田伴しかいない。
「酷いんだぞコイツ。」
「殺してでも俺を止めろ。でもお前は殺されるなよとか言いやがって。」
「殺しも殺されたくもねえっ。」
「あーっ忘れてたっ」
「お前ちゃんとニコラに伝えとけよっ。」
何の事だ?
「ファミレスでニコラに母ちゃん紹介されたときもう死ぬほど焦ったんだからなっ。」
そうだったな。すまない。
「笑ってんじゃねぇっ。」
「まだ私が文句言ってるのよっ」
「お前いつも怒ってんな。」
「アンタが怒らせてるんでしょうがっ。」
「八つ当たりするなっ」
俺達がこうやって笑っていられるのも
同じように今この場でニコラが笑っているからだ。
借りを返さなければならないのはサーラ王女にだけではない。
俺の好き勝手にさせてくれた人達全員だ。




