087
彼女は「そのどちらも」だと答えた。
自分が主導したヴァンパイアのコミュニティが地位を確立し、
その勢力がプナイリンナやロゼに対抗しうる状況を作ること。
それこそが目的であり、結果的に復讐は果たせるのだと。
アメリカでの裁判騒ぎも、魔女達を陥れようとしたのも
全ては追放されたヴァンパイア達の復権を得るための行動。
目的のためには手段を選ばない?
「これは救いです。」
救いだと?
自分の娘を悲しませるような奴が何を言うか。
フロレンティナ・プリマヴァラ。
俺がアナタを許せなく思うのは
アナタが娘を人質として俺の元に送ったことだ。
欧州貴族の話だけではない。日本の戦国時代にもあった話だ。
いや現代社会でも続いてるのだろう。
相手の地位や権力を得るために親族を嫁がせる。
「違います。ニコラは何も知りません。」
「ワタシが危険だから娘を避難させたのです。」
それは自分に対する言い訳ではないのか。
避難させるだけの留学先など他にいくらでもあっただろう。
どうして俺のいる街なのか。
ニコラ・ルナプリアは気付いていた。
自分は母親に売られたのではないか。と。
「違う。私は本当に娘を、ニコラを巻き込みたくなかった。」
「タチバナは慈悲深いと聞いた。」
「私の罪がニコラに及ぶような事があっても橘家なら。」
津久田伴と宮田柚の制止を振り払い
ニコラ・ルナプリアは俺達の前に駆け寄る。
「もう止めてください。リン。ママは嘘を吐いていない。リンは判っている。」
「お願いです。ママ苦しい。お願いです。」
「私はプリマヴァラ知らないっ。」
「私のママ、ヴァレンティナ・ルナプリア。」
フロレンティナ・プリマヴァラ。アナタの組織は既に壊滅している。
それを知ったから俺に会いに来たのだと思っていた。
だが違う。
彼女はニコラに会いに来たんだ。
自分の復讐が失敗した事を悟り、娘に別れを告げに現れた。
アナタは自分の行いの責任を取らなければならない。
フロレンティナ・プリマヴァラ。
俺と一緒に来て欲しい。
彼女自身判っている事だ。反逆者としての汚名は覚悟しての行動。
そしてそれを裁くのは俺ではない。
これから向かいますと橘結に連絡を取った。
神社にはサーラ・プナイリンナがいる。
フロレンティナ・プリマヴァラは大人しくタクシーに乗り込んだ。
娘のニコラ・ルナプリアはその腕を離そうとはしない。
津久田伴も、宮田柚も何も言わないでいてくれた。
俺が何をしたのかを判っていても黙っていてくれた。
公園の駐車場には似つかわしくない車が数台止まっている。
だが公園には人はいない。
長い階段だ。今日ほどこの階段を長く感じた日はない。
出迎えたのはサーラ・プナイリンナと、エーリッキ・プナイリンナ。
その隣に橘姉妹。さらに小室絢と南室綴。
御厨理緒もセンドゥ・ロゼもいた。
万が一に備え滝沢伊紀と共に橘佳純の警護を託した滝沢伊紀が俺を睨む。
市野萱友維、三原紹実。神流川蓮と藤沢藍、渡良瀬葵。
鏑木華奈と鏑木莉奈。
グンデ・ルードスロット。他にも俺の知らない「継ぐ者」がいる。
その殆どはヴァンパイアだ。
公開処刑
身体が震える。俺はこの人をここに連れてくるべきでは無かったのではないか。
俺はこの人を守らなければならないのではないか。
この人は、ニコラ・ルナプリアの母親は、俺と何も違わないじゃないか。
「リンっ」
サーラ・プナイリンナは強く俺の名を呼んだ。
俺は自分で気付かぬ内にフロレンティナ・プリマヴァラを庇うように
サーラ・プナイリンナの前に立ちふさがろうとしていた。
「さがっていなさい。」
それは今までに見たことの無い厳しい目だった。
冷たく氷のようで、一切の感情を廃した無慈悲な輝き。
津久田伴と市野萱友維が慌てるように俺の腕を取った。
大丈夫だ。
何とか正気を保っている。大丈夫。それよりニコラは。
ニコラ・ルナプリアは母の腕を離さない。
エーリッキ・プナイリンナが彼女に近付き、そっと何か一声かける。
彼女は彼の腕を取り、母親から少し離れた。
その一連を見てから、サーラ・プナイリンナは一歩前へ。
対峙するフロレンティナ・プリマヴァラは目を逸らさない。
覚悟を決めた者の目だ。
神社には似つかわしくない冷たい空気が吹く。
ヤケを起こして何かをしでかさないだろうか。
その時は何があろうとサーラ・プナイリンナを守らなければ。
サーラ・プナイリンナはさらに一歩。
冷たい沈黙。
フロレンティナ・プリマヴァラは膝を付いた。
そして目を伏せた。
「フロレンティナ・プリマヴァラ。」
「はい。プナイリンナ王女陛下。」
サーラ・プナイリンナは俺に約束してくれた。
ニコラ・ルナプリアを悲しませたりしない。




