85
「リン。近い時間に母がアナタに会い来る。」
そうだな。もしかしたらもう日本にいるかも。
「私、母に会うの大丈夫。」
勿論そのつもりだ。
でも、1人ではダメだ。
その時は俺も一緒に会う。
ニコラ・ルナプリアの母親が1人で現れるとは限らない。
最悪の事態は考えておかなければならない。
母親としてではなく、ティナ・プリマヴァラとして現れた場合
ニコラを人質に俺に協力を強要する可能性すらある。
ニコラが俺にキスをしたこのタイミングでの行方不明。
俺に会いに来るのか娘を利用するつもりなのか見極める必要がある。
ニコラ・ルナプリアは母親の説得を試みるのだろう。
だがきっと耳を貸さない。
あ
「どうした?」
あ、いや。サーラ・プナイリンナが来日したのって
こうなる事が判っていたからなんじゃないかな。と。
「ドユコト?」
俺が話しをしたかったから態々来てくれたのかと思ったけど
この状況ならニコラ・ルナプリアの母親が俺に会いに来るって確信していたんじゃないかって。
俺のこの予想は当たっていた。
ただそれは俺の知らなかった大きな要素が一つある。
フロレンティナ・プリマヴァラは既に孤立している。
それはプナイリンナ家およびその友人達と魔女達の働きが大きい。
黒幕が彼女である事を突き止めてからの行動は実に迅速だった。
あらかじめ「こうすべき」と方針が定められていたらしい。
フロレンティナ・プリマヴァラの「継ぐ者の救済」に賛同していた連中に
両者が設立に尽力した「委員会」を紹介する。
それがより実効的で現実的な受け皿として機能している事実を知ると
「悪魔のような」と揶揄されるような組織に身を置き
非難されながら戦う今までの行為が無駄に感じられる。
これは間違いなくカオルンの手筈だ。
「裏切った」罪悪感を与えることなく、それがごく当然の行為だと思わせる流れを作る。
サーラ・プナイリンナが来日したのは
フロレンティナ・プリマヴァラが完全に孤立したなら
自ら動き、俺(もしくは娘)に会いに来ると見越したから。
今の時点では俺はこの事実を知らない。
それでも、
それでもこの先の事を俺に任せたのはどうしてだろう。
ニコラ・ルナプリアの元に母親から連絡があったのはその翌々日の夜だった。
「ワタシの学校のリン・ナムロがいるか確認しました。」
「いる言ったら会いたいと言いましたです。」
「ワタシ、リンに話す。返事されたら母に電話します。」
ニコラ・ルナプリアは俺にそう伝えながら、小さく震えていた。
彼女は全てを知っているが、その事を母親は知らない。
彼女は必死で堪えて受け答えしていたに違いない。
聞きたい事も聞けず、話したい事も話せずいた。
橘佳純は彼女の震えに気付いて、強く抱きしめた。
「ニコラ。貴女は強いな。」
「でも辛いのを我慢するな。私が半分背負ってやる。」
「いえ。3分の1です。」
と滝沢伊紀もニコラに寄り添う。
「違うでしょ。4分の」
「5分の1だっつーの。」
箱田佐代と宮田柚も。
「ホレ。恋人の綸が来なくてどうする。」
「ぬっ。今回は柚の言う事に賛成してやる。」
そうだな。
「俺もー。」
「お前は来るな伴。ニコラが犬臭くなる。」
「酷すぎる。」
「ワタシ、犬も好きだですよ。」
「わっほーっ」
「狼男としてのプライドとか無いのかね。」
俺はいつでも構わない。母の都合に合わせると伝えてくれ。
「判ったです。」
ニコラ・ルナプリアと母親は俺に気を利かせたのか週末に会おうと言った。
その旨を橘家にいるサーラ・プナイリンナに報告する。
対応するのが俺で構わないのでしょうか。
「ニコラの母親は私を知っている。私がその場にいたら彼女は現れない。」
「リンが会って話をしなさい。」
「その後どうするのかはそれから決めなさい。」
正論。
「だいたいアナタが自分で関わりたいって言ったのよ。」
そうでした。
「私達に任せておけば楽だったのに。」
最終的にはお任せする事になるかと。
「でも今回は違う。まだアナタの責任よ。」
「しっかり自分で確認しなさいリン・ナムロ。アナタなら大丈夫。」
何を根拠に「大丈夫」と言っているのか判らないが
彼女がそう言うならそうなのだろう。
その日、津久田伴に連絡を取る。
「珍しいな。お前が電話とか。」
以前にお前に頼みごとをしたが覚えているか?
「覚えてるつーかずっとそうしてるだろ。」
判っている。ただの確認だ。
「何だ。ヤバイのか?」
いや。ヤバイ状況にならないように頼む。
「場所と時間は?」
まさか神社や公園てわけにもいかないだろうからな。
駅前のファミレスで昼食とりながらだ。
「判った。誰か誘っていいか?さすがにファミレス一人だと。」
構わない。ただ箱田佐代は避けてくれ。
「頼まれたって誘うかっ。」
箱田佐代には別の頼み事をしておこう。




