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文化祭初日の終わり。俺達は揃って橘家に呼ばれた。
昨年、橘結と南室綴が携わった温泉地での一件についての報告。
今更「報告」を受ける必要なんてあるのだろうか。
先ず半年もの期間を要した説明から始まった。
「自然現象ではなく人為的な、それも私達が普段関る事が少ない技術が用いられていた。」
具体的には
「日本の継ぐ者達が扱う事は無い触媒の使用。」
橘結が呼ばれたのは、彼女が過去に携わった件で同様の事案があったから。
処理と同時に対処方法を他の祈祷師達に伝えていた。
橘結が御厨理緒に妹の護衛を依頼したのは
それが「海外の継ぐ者」による仕業だと早々に気付いたからだ。
そしてその正体である「悪魔のような」と呼ばれていた連中は
「ヴァンパイアなのはすぐに判明した。」
最初に滝沢伊紀が言葉を濁したのも
よりによって橘佳純を守るべき者がヴァンパイアだからだ。
これは橘結の思惑ではなく、滝沢家の配慮。
俺を知る全ての者が
「南室綸なら問題はない」と言ってくれていたらしい。
「最初から伝えるべき」と「様子を見よう」と「危険すぎる」の三択。
最終的に綴さんが
「綸なら放っておいても気付くわよ。」
とあえて隠しも伝えもしない事になった。
実際俺個人としては相手が何者だろうと関係ない。
自分が何者なのかを気にするのは他者なのだと実感しただけ。
偏見だとか差別だとか言うつもりもない。
レッテルを貼られている事に腹を立ててもいない。
俺を知っている人が俺を信じてくれているならそれで充分だ。
「それで、どうして今頃そんな報告するの?」
「昨日正式に調査報告が届いたの。」
「随分と掛かったね。」
「仕方無いわ。触媒が海外製でその出処を突き止めるのは大変だもの。」
日本の祈祷師達は、海外のその類の職種の人達との交流は無い。
取扱が極めてデリケートな技術が多く
その殆どは「門外不出」と言われている。
根本や方法が同じでも文化や歴史により技術は変化する。
態々俺達を呼んだのはその相手が俺達と関係しているから。
「親玉てなんちゃらかんちゃらって人じゃ無かったけ?」
「なんちゃらかんちゃらって言われても判らないわよっ。」
宮田柚は思い出そうにも覚えてすらいないのだろう。
指摘する箱田佐代もどうやら覚えていない。
フロレンティナ・プリマヴァラ
「そうそうそれそれ。」
俺の前に現れた二人のヴァンパイアから得た情報。
ティナと呼ばれる女性。
「そして私の母。」
ニコラ・ルナプリアが来日した(ように仕向けられた)のは
彼女の母親が「悪魔のような」と呼ばれるヴァンパイア組織の「先導者」だから。
ニコラ・ルナプリアは何も知らない。
だからこそ魔女達は面倒な手段を用いてニコラ・ルナプリアを留学させ隔離した。
ニコラ・ルナプリアの母親はかつてロゼ家から分かれた一族の出身。
「分家」と濁してはいるがその実は「追放」だった。
現王女もその両親ですら知らない昔話。
不名誉な不祥事を起こしたそのヴァンパイアは
プナイリンナ家の助力によりロゼ家から追放される。
ニコラ・ルナプリアの母親が姓を偽りルナプリア家に嫁いだのは
ルナプリア家がプナイリンナ家と親しい間柄だったから。
彼女は長い時間準備を続けていた。
その昔勢力争いに負け追放された一族に声をかけ
扇動し互いの利害が一知しているように思わせた。
(センドゥ・ロゼはその中の1人だったのだろう)
橘佳純は、橘結に対する人質として狙われた。
橘結はヴァンパイアにとって危険な技術を操る者であると同時に、サーラ・プナイリンナの親友である。
目的としては、橘結を「日本国内に留めておく」事にあった。
随分と消極的な案だな。謀殺は考えなかったのか。
「それは無いと思われます。」
ニコラ・ルナプリアは母を庇って言っているのではない。
それは、ニコラ・ルナプリアの日本への留学を知った母親が
喜んで受け入れた事でも判る。
それは「一族の恨み」であり、それ以外であってはならないから。
娘の留学は「自分はルナプリア家とは関係ない」と伝える意思表示でもあった。
橘佳純に対しても、俺に対しても、消極的とも言える襲撃は
全て「母親」としての葛藤から。
自分の果たすべき「正義」と娘の将来を混同させてはならない。
娘の幸せを母親が奪ってはならない。
これから自分のする事で娘が裁かれてはならない。
母親は近い未来、自分に訪れる状況を正確に把握していた。
「ニコラはいつ気付いたの?」
「リンの前に二人のヴァンパイア現れた。私も会った。」
二人はその時まだ「悪魔のような」側のヴァンパイアとは名乗っていない。
むしろ反対の側にいると主張していた。
ニコラ・ルナプリアと「同じ側」にいる者として現れた二人から
「母親から様子を見て欲しいと頼まれた」と言われても疑いはしない。
「はい。その時は信用した。」
「でもリンは疑っていた。そしてそれが事実でしたら。」
あの二人が母から頼まれたのは、その両者が繋がっているから。
何によって繋がっている?
認めたくはない。だか魔女が王子まで使って私を留学させたのは
私が今回のこの件に関わっているから。
「最初、私ルナプリア家の娘。プナイリンナ家の王子と仲良しだから。」
「私まだ子供。王子の邪魔。」
でももし、もし母がその組織と関わってといるのだとしたら?
「王子と仲良くなったは、母が利用したいだけ?」




