007
夏。
小室道場で子供たちを海に連れていくらしい。
勝手にしてくれ。
なのにどうして俺まで行く事になった?
津久田伴も張り切っている。
何か覚悟を決めているようでもあったが
「桃姉ちゃん来ないぞ。」
同行する宮田柚のこの一言にすっかりやる気を失くした。
が、海に着く早々誰よりも燥いだのは津久田伴だった。
ヤケになっているのだろう。
「綸。お前も遊んでこい。」
吸血鬼に日光浴勧める小室絢は本当に恐ろしい。
「ヒョロヒョロで真っ白で。マッチ棒みたいだからさ。」
これくらいが動きやすくてちょうどイイ。
宮田柚も、敷島楓も、橘佳純も燥いでいる。
海の何がそんなに楽しいかの判らない。
「あ。お前泳げないな?」
それが何か?
「教えてやるから来い。」
小室絢は俺の手を取り無理やり海に投げ込んだ。
「悪かったよ。まさか足が着く場所で溺れるとか思わなくて。」
「吸血鬼は水苦手だもんな。」
猫娘が何を言うか。
「あとで私と柚ちゃんがプールで教えてやるから。泣くな。」
泣いてない。
散々な目に合った。
子供たちが海に向かって大声で叫んで
一緒になって津久田伴も叫んで
宮田柚も敷島楓も、橘佳純さえも海に向かって吠えていた。
「お前も何か叫べよ。」
結構です。
夜の花火はキレイだった。
皆が楽しそうだった。
疲れているのだろう。全員がアッという間に寝ていた。
大人達は階下で盛り上がっているな。
「お、綸君今日はお疲れさん。君も飲むか?」
未成年です。
体が火照っているので少し風に当たってきます。
潮風が「ぬるい」
決して心地良いとは言えないがこれくらいがイイ。
そこそこ遅い時間の筈だが結構賑やかだな。
夜の浜辺には数名の人影。犬の散歩もいる。
「綸君。」
後ろから声。橘佳純。
「暑くて眠れない?」
温度ではなくて体が熱い。
「あー日焼けかー。オイルとか塗らなかったの?」
焼くつもりがなかった。
「そっか絢姉ちゃんに無理矢理か。」
波の音を聞きながら少し歩いた。
「楽しかったね。」
そうだな。楽しかったのだろうな。
「でも。でも綸君は笑わないね。」
なに?
「イヤなら辞めてもイイんだよ?」
何の話だ?
「私に仕えるのなんて別にそんな必要ないんだよ?」
「綸君が笑わないのは、私に仕えるのがイヤだからじゃないの?」
それは関係ない。
南室の者が橘家に仕えるのは仕事だ。
「綴姉ちゃんも絢姉ちゃんも、結姉のトモダチだって言ってた。」
「綸君が私とトモダチなら、笑ってくれるのかな。」
俺は吸血鬼だ。
神の子が吸血鬼と親しくするべきではないだろう。
「結姉の親友に吸血鬼のお姫様いるよ。」
聞いたことがある。欧州の何処かの吸血鬼の王子と王女の話。
だがその方たちと俺とでは立場が違う。俺のような
「俺のような。何。」
俺のような出来損ないの「穢れた者」と並べてはいけない。
「綸君は穢れてなんていないっ。」
橘佳純に何を言っても無駄なのだろう。
思えば、宮田柚が「お姫様」呼ばわりをするのを頑なに拒んだように。
南室綴と小室絢を「親友」と呼ぶ姉のように。
相手が誰であろうと、橘佳純は「対等の関係」を築きたいのだ。
俺の意志なんて無視して命令さえしていれは楽なのに。橘佳純はそれをしない。
できないのだろう。
わかった。
「え?」
橘佳純。俺は南室家の者だから従者である事実は何も変わらない。
だがお前が望むなら、俺はお前のトモダチになろう。