064
いろいろと策略が巡らされているので
俺は余計な事をしないように、ただ言われた通りの事をしている。
それが終わり、
そして別の何かが始まったのは10月にしては冷たい雨の土曜日。
道場から橘佳純を送り届け、一人帰宅途中。
目の前に二人のヴァンパイア。
一人はどうやら北欧系。一人はアジア系。
「リン・ナムロ。アナタと話がしたい。」
人目が付く所と付かない所があるが。
「どちらでも構わないわ。聞かれて困る話ではないから。」
アジア系のヴァンパイアは流暢な日本語を使う。日本人か日系か。
駅前の喫茶店はそこそこ混み合っていた。
会話を拾われないから彼女達にとっては好都合だろう。
「アナタは私達を知っているわね。」
いや知らない。
「いえPersonalでなく、True Color。Identityよ。」
正体。素性。
いや、それも知らない。
「慎重なのね。でも面倒だから止めて。」
自分から名乗らない相手とこうして向き合って座っているのに?
「そうね。悪かったわ。」
「私はマリ・エル・ハヤセ(Mariel・早瀬)。」
「こちらはトーネ・ハーゲン(Tone・Hagen)」
それで。どんなご用件でしょうか。
「リン・ナムロ。アナタの力を借りたい。」
二人が(語るのはマリ・エル・ハヤセのみだが)言うには
現在、ヴァンパイアの置かれている状況は非常に厳しい。
プナイリンナ家を筆頭に、各地のヴァンパイアは
他の種族との交流を広くそして深める。
遠くない将来純血のヴァンパイアは絶滅するだろう。
待ってくれ
俺は既に混血だ。
「ええ。判っているわ。ワタシもそうよ。」
「私達は純血のヴァンパイアを守ろうとしているのではないわ。」
彼女達の主張はシンプルだった。
この先、交流が進み、深くなり、種族を超えた交配も起きている。
「でも現状は、私やアナタのようなハイブリッドは非難の的となる。」
俺は非難も迫害されていない。
「それはアナタが今はこの街にいるから。」
「過去に全く無かったって言い切れる?」
「私は逃げ出したわ。父の国からも、母の国からもね。」
この二人は「悪魔のような」連中ではないのか?
魔女達は言った。
「悪魔のような」と呼ばれる連中の正体はヴァンパイアだと。
この二人の主張通りならこんな不名誉な称号は与えられない。
そもそもヴァンパイアだけで構成される筈もない。
「いいえ。貴方の言う事は正しいわ。」
元々は、虐げられている混血の継ぐ者達を繋ぐためだけの組織だった。
だがその数が増える事はつまり
様々な、多種多様な「意思」「意見」が混在することとなる。
過激な連中が「報復」を主張するのは容易に想像できる。
するとつまり、
「悪魔のような」などと呼ばれたのは、その一部の連中の行動。
「そして不名誉な事にその連中を率いているのもヴァンパイア。」
現在組織はいくつかの派閥に分かれているものの
大きく分けて「過激」な手段を用いる連中と
「友好」的な連中に分けられている。
しかし二人が「悪魔のような」連中の側ではないと
どうやって信じろと?
今回の首謀者であろうと思われるロゼの分家が
本気で「プナイリンナ家の真意」について議論した結果だとしたら?
このタイミングで現れたのはつまり
俺と王子が「狼男と決別」したあのプロレスを「興業」ではなく本気の「喧嘩」と見なしたからでは?
俺に力を借りたいと言ったが。俺に何をさせたいんだ?
「奴らの仲間にならないで。」
何?
「王女から聞いたわ。アナタの唇を奪えば橘家の力を手に入れられるだろうって。」
あの人は何を言い回っている。
俺が「判った」と言ってそれを信じるのか?
「信じるわ。王女が貴方を信じているから。」
選択を間違えてはならない。俺は「軽率」に「迂闊」に知り合い以外を信用してはならない。
だがいちいち市野萱友維に指示を求めてはいられない。
約束はしない。
「そう。慎重なのね。」
俺は俺の生きたいように生きる。
帰宅してすぐに市野萱友維に連絡を取った。
しばらくはそちらに行かない方がいいでしょうね。
「そうだな。佳純にも連絡取っておけよ。」
判りました。
プナイリンナ家は魔女を利用している。
と思わせている。
だが俺と魔女達との事情とはかなり異なる。
橘家を中心に考えた場合、
俺は「裏切り者」であり、危険な存在であり続けなければならない。
一方魔女達はリーダーの御厨理緒の命令を受けて橘佳純を守り続ける。
プナイリンナ家が魔女を利用するのは、
俺が橘佳純を手に入れ、「悪魔のような」奴らと組む可能性があるからだ。
本当にカオルンは面倒な事を押し付ける。
だが事実こうして餌に食いつかせた。
恐ろしい魔女だ。




