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「綸君はサーラから呪いをかけられていない。」
「綸君は佳純ちゃんを襲うつもりなんてまるで無い。」
「それどころか佳純ちゃんを助けてくれた。」
「これからもそのつもり。」
何も約束はしていないが橘結はそれを疑わない。
「エリクは魔女から聞いた話をそのまま貴女に伝えた。」
橘結はエリクに責任は無いのだと伝える。
「状況、確認したです。ワタシ魔女に騙されていた。」
「魔女が嘘を吐くのはそうしなければならない理由があるから。」
「でも嘘はよくないです。」
「そうよね。本当にごめんなさい。魔女たちは全て私の為にそうした事なの。」
「どうして嘘言ったですか?」
橘結は、それを説明する前に一度俺を見て、向き直り続けた。
「佳純ちゃんが狙われているのは本当。」
「でもリン・ナムロではないのですね。」
「そう。綸君は佳純ちゃんを守るために囮になった。」
「オトリとは何だですか。」
橘佳純の代理だ。彼女が狙われる替わりに俺が狙われる。
「どうしてそんな事するですか。」
橘佳純は狙われずに済む。
「ああそうですね。」
「でも魔女はどうして王子にそんな嘘を言ったですか?」
「他のヴァンパイアに知られてはならないように。」
ああそうか。そうだったのか。
俺はこの時、「悪魔のような」と呼ばれる連中が何者なのか明確に理解した。
そしてそれを俺に伝える事こそがエーリッキ・プナイリンナのもう一つの来日理由。
だが先ずはニコラ・ルナプリアへの説明が先だ。
「佳純ちゃんを襲った「悪魔のような」と呼ばれる人達より早く」
「貴女に本当の事を知って欲しかったから。」
「しかも貴女にその場で真実を伝えてはならない状況だったから。」
ニコラ・ルナプリアも気付く。
魔女の吐いた嘘は、自分を守るための嘘だと。
カスミ・タチバナを狙う何者かが私に接触した場合、留学の目的が
リン・ナムロと組み、カスミ・タチバナと敵対する可能性もあった。
それはつまりプナイリンナ家との対立を意味し、
憧れの王子から敵と看做されてしまう。
さらに何より、ルナプリア家に恥をかかせることになる。
魔女は王子をそそのかし私を守った。
私がそうならない最善の嘘を吐いた。
魔女はなんて思慮深いのだろう。
彼女達がこの場に同席しないのも
きっと私に平静でいさせるためなのだ。
「そんなに素敵な連中じゃないよ魔女なんて。」
「そうだそうだ。あんな連中信じるなよ。」
「そうね。結構適当よね。」
「皆さん酷い言いようですが否定はできません。」
誰がどの発言をしたのかを言及するのは控えよう。
実際、この「嘘」そのものはニコラ・ルナプリア本人には必要無かった「嘘」に変わりない。
何より危険な「嘘」だ。
俺が橘佳純を狙っている。と魔女がエリクに吹き込む行為こそが目的。
現在の状況では、エーリッキ・プナイリンナはニコラ・ルナプリアに対し
「リン・ナムロに協力してカスミ・タチバナを手に入れて欲しい」と頼む「嘘」こそか本筋の筈だ。
それをしない理由はただ1つ。俺の予想は間違いないだろう。
「でも、どうして私に来るですか?」
「私じゃなくてもカスミ・タチバナ狙うのいいです。」
「その悪い人達が私に来なくてもいいと思うです。」
それには理由がある。
プナイリンナ家とルナプリア家は親しい。
橘佳純を狙う「悪魔のような」と呼ばれる連中とはつまり
ヴァンパイア。
「悪魔のような」
今まで疑問を抱かなかったわけではない。
こんなに「フワッ」とした抽象的な呼び名しか無いなんておかしい。
本人達がそう呼んでいるのなら恐れるような連中ではない。
最初に聞いたのはいつだ。誰からだ。
滝沢伊紀?
滝沢伊紀はその正体を知った上でそう呼んだ。
多分、俺がいるから。
俺が南室家の者だから。
騙されていたのではない。
隠されていただけだ。
俺が知らなくて良い事を知らせなかっただけ。
「悪魔のような」奴らなんて
最初から存在していなかった。
それは、その正体は、ヴァンパイア。
橘佳純を襲い、過去橘結を狙った。
「悪魔のような」とは、橘家や滝沢家にとっての形容。
「元々の団体はあったの。別の名前で呼ばれていたけどね。」
それをヴァンパイアが引き継いだだけ。
魔女たちは「委員会」と呼んでいた。
魔女だけではなく、継ぐ者を「狩る」ための組織。
かつてセンドゥ・ロゼはその団体から橘結の存在を知り、訪れていた。
おそらく橘家は、そのはるか以前から狙われ続けていたのだろう。
南室家と小室家が存在するのも、その証拠。
それでその、エーリッキ・プナイリンナとグンデ・ルードスロットの来日の目的は?
「え?いいの?綸君は相手がヴァンパイアだって事に納得したの?」
納得?相手が何者だろうと関係ありません。
だから滝沢伊紀。お前が気に病む必要はまったく無い。
「あー。泣かしたー。」
どうして滝沢伊紀が泣くのか判らない。
「女の子泣かすとか最低だな。」
「女子に泣かされるお前もどうかと思うぞ。」
「泣いてねぇよっ。」




