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真壁絆が「その界隈」で有名なのは
橘結の恋人だから。だけではない。
フィンランドの吸血鬼とアメリカの狼男と親友だから。
「綸は梢ちゃん知ってるんだっけ?」
こずえちゃん?柏木梢さんでしたら名前だけは存じています。
宮田姉妹の長女とアメリカで会社を経営しているとか。
「そう。その会社の代表がキズナなの。」
真壁絆が柏木梢から相談を受けた際、彼は二人の親友に連絡を取った。
両者は喜んで「出資者」になった。
吸血鬼の王子も狼男とも柏木梢の間には「知り合い」以上の繋がりはない。
綴さんがその真壁絆さんを代表に仕立てた。
「あら。よく判ったわね。」
柏木梢が築き上げた継ぐ者達との人脈。
柏木梢はその頂点に真壁絆を据え置く事で資金を得た。
その事も真壁絆のある種「不気味な」存在感を際立たせている。
あんな少年のような人がどうして。
俺の彼に対する第一印象は他の誰とも違わない。
今回の一連の件で、世界中の「継ぐ者」達が彼に協力するのは
彼個人の資質によるものではない。
彼の周囲にいる一部の存在が、彼を特異な状況に置いている。
「そうかも知れないけど、そうされるにはそれだけの理由があるのよ。」
1泊2日の里帰りは無事に終了。
帰宅後は殆ど毎日日替わりで特別講習を受ける。
しかも
「午前中暇なら子供たちの面倒を見てやれ。」
と、地元の小学生相手に宿題の手伝いを命ぜられる。
「お前は教師に向いてないな。」
「もうちょっと愛想よくすればいいのに。」
「でも人気あるんですよね。」
「特に女子からっ。特に女子からっ。」
「伴は綸が小学生にモテモテが羨ましいとかアレなのか。」
「小学生だろうがモテモテなのが許せん。」
「お前もモテてるじゃん。」
「男子から。男子からなっ。」
何をそんなに熱り立っているんだ。
「不公平だと言っているっ。」
何が。
「お前ばっかり。お前ばっかりっ。」
「気にするなよ綸。コイツの言うことはアレだから。」
アレって何だ。
「俺がお前の唇奪ってあらぬ疑いをかけてやろかっ。」
「お前も疑われるぞ。」
「雁字搦めじゃねぇかっ。」
夏休みは実に平穏だった。
小室道場での海合宿も例年通り行われた。
昨年より子供達がおとなしいのは昨日の件を反省しているからだろう。
夏祭りも、オープンキャンパスの参加も、それ以外の諸々も
拍子抜けするほど何事も無く消化していた。
「事件が起きて欲しいような言い草だな。」
そんなつもりはありません。
ただ夏休み中なら学校を気にしなくていい。
「ま、そうだな。ただ理緒ん時もそうだったけどアレだぞ。」
「学校で何かしら問題が起こった方が楽しいぞ。」
楽しい?
市野萱友維は何を言っている。
「それにだ。多分今夜紹実姉ちゃんから呼び出されるからお前このままウチに居ろよ。」
そうなんですか?
「うん。夏休みも終わる。明日仕上げに入るから。」
仕上げ?何の。
三原紹実は帰宅早々
「綴には連絡しておいたから。」
俺は三原家に泊まるらしい。
綴さんは着替えを一式持って来てくれた。
「綸、紹実ちゃんの言うことを信じ過ぎちゃダメよ。」
判ってます。
「判ってますって何だ。」
「綸を魔女にするの?」
「あー。魔女にもなる。が正確かな。」
「よく判らないわね。」
「昔綴にも魔法をいくつか教えたよな。」
「ええ。」
「でもお前魔女じゃ無いだろ。」
「まあそうね。」
「それと同じだ。」
三原紹実は不気味な笑みを浮かべる。
「ただ魔女としてのエッセンスは綴より相当濃いけどな。」
翌日。
三原家に現れた二人の魔女。
藤沢藍。渡良瀬葵。
「こんな朝早くから呼び出すとか。」
「いいじゃんどうせ暇なんだろお前ら。」
「藍は知らないが私は忙しいですよ。」
「私だって忙しいですよ。」
申し訳ありません。
「貴方が謝るって事はこの子に関係があるんですね?」
知らずに来たのか。
「基本的なことは友維が叩き込んだ。2人には仕上げを頼みたいんだ。」
「友維ちゃんが?」
「あいつアレでも基礎はしっかりしてるんだぞ。」
「あの子が人に物教えるとか有り得ないでしょ。て意味ですよ。」
2人は珍しい生き物を見るように俺を見詰める。
「南室さんのとこのヴァンパイアですよね。」
そうです。
「どうして魔女になろうなんて素頓狂な事思ったんですか。」
素頓狂?いや俺は魔女になるつもりはありません。
「じゃあどうして。」
どうしてって。三原紹実さんに聞いてください。




