055
三原紹実は早速三原縁に連絡を取る。
「その気があるならこっちへ来いって。」
「こっち?」
「今オランダにいてちょうどそのテの研究者とイロイロやってるんだと。」
「オランダてオランダ?チューリップとか風車の?」
「行くなら手配してやるぞ。」
「行くっ。行きますっ。お願いします。」
敷島楓の返事を聞いた三原紹実はとても嬉しそうだった。
それにしても魔女ではない敷島楓をよく迎え入れましたね。
「楓の事話したら喜んでたよ。」
そうなんですか?
「基本的に魔女は身体動かすの苦手だから。」
え。
「友維は特別。」
「何だろうな。巡り合わせって。」
詳細を聞くと、それは敷島楓以外に適任者はないと感じるほどだった。
スポーツ選手を育成する施設での医療寄りのアプローチの研究。
彼女はイメージ通りに身体を動かせる。
他人の動きを一度見ただけでトレース出来てしまう。
言葉で言われたまま動けてしまう。
魔女の知識と、それを実践できる身体。
「私が嬉しかったのはさ、楓が何の躊躇も無くこの話に飛び付いたからなんだ。」
「こーゆーのをチャンスって言うんだと思う。」
「お前大丈夫か?チャンスを逃したりしてないか?」
それは問題ありません。
「おう随分とハッキリ言い切ったな。」
俺ほどチャンスに恵まれそれを手にしている奴は珍しいでしょう。
「そうなのか?」
忘れ無いでください。
貴女がそうさせたんですよ。
敷島楓は翌々日には出発していた。
夏休みになってから。と言われたが
彼女はその一週間が我慢出来なかった。
「とりあえず夏休み中。」
とは言っていたが、8月中に留学の体裁を整え、
帰国は翌年の3月になった。
敷島楓は三原紹実との話を終えてすぐに橘佳純に連絡した。
身勝手な自分の都合で橘佳純の護衛から外れる事に
少なからず罪悪感を抱いたのだろう。
「は?行かないとか言ったら怒るわよ。」
当然宮田柚と箱田佐代にその責務を託すのだが
「任せろ。」
「何も心配しないで。」
二人が反対する理由は何もない。
彼女は津久田伴にも直接話しをしたようだ。
「したけど橘佳純の事は何も言われて無いぞ。」
何?
「私もよ。」
「アタシも佳純の事は頼まれてないぞ。」
出発当日、駅で見送ると
「皆、くれぐれも柚ちゃんを頼む。」
と(結構真剣に)言い残して旅立った。
「何だ。アイツはアタシの何なんだ。」
「保護者とか。」
「飼い主じゃない?」
「なんだとっ。」
敷島楓が皆に託したの宮田杏の事だったのか。
「だから違うって。」
「だったらアタシんとこに来るかよ。」
「それに佳純の事だったら真っ先に綸のとこに行くでしょ。」
「どうしてそれでピンと来ないかね。」
何だ。何の話だ。
「私達が託されたのは綸君の事よ。」
なんだと?
夏休みに入るとすぐに南室家の実家に帰省する。
詳しい事は判らないのだが橘家に仕える南室家は分家らしい。
長い間「本家」で過ごした俺は
帰省する度に祖父母のとても手厚い歓迎を受ける。
勿論俺だけではない。
綴さんも「本当の孫」のように愛されている。
三原紹実から聞いても、綴さんが俺と同じ「拾われた子」であるとは信じられない。
俺と綴さんが繋がっているのは「拾われた子」同士だからではなく、
「南室家の者」ただそれだけだと実感する瞬間でもある。
「また大きくなったわね。」
「聞いたわよ。たくさん習い事しているって。」
俺に対しては、日常の意味のない物語を聞き出そうとする。
綴さんに対しては、俺とは異なる日常を確認する。
綴さんの日常とはつまり、橘結に仕える者としての日々。その報告。
と言っても、毎日日常的に「憑き物」だとか「お祓い」の仕事があるわけではない。
年に1度2度で充分。
大半は一般的な祭事であったり、祈願祈祷であったりする。
報告が終わると、母が祖母を咎めるほどのご馳走が並ぶ。
すると別室で控えていた親類が現れ晩餐が始まる。
南室家の恒例行事だ。
橘家に仕える俺達一家は他の親戚達からも一目置かれている。
それはずっと昔から。なのではなく、
どうやら橘結の存在によるものらしい。
幼くして母親を亡くし、それからずっと橘家を支え、
「継ぐ者」達を繋げ、守り続けた事が本人の知らぬところで評価され続け
いつしかその存在が「神格化」されつつある。
「私達が高校生の時にテレビに出ちゃってね。」
「それに姫の事を広めて回った奴らがいるのよ。」
奴ら?
ヴァンパイアの王子様とアメリカの狼男。
二人はセンドゥ・ロゼの足跡を追い、日本中を旅して回った。
その際に橘結とその関係者達の事を
「ある事ない事言いふらしていたの。」




