054
以前にもあった。
自分を見失い、黒い塊に飲み込まれてしまう。
どうにかならないでしょうか。
綴さんは「継ぐ者」との関わりが多い。
「んー。いいんじゃない?」
はい?
「そのままで。」
えっと。また同じ事をして誰かを
「そんな事にはならないって言ってるのよ。」
どうして。
「ちゃんと止めてくれる人がいるじゃない。」
あ、いや。そんな悠長な。
「次からは伴君も止めてくれるわ。」
「その代わり他の誰かが同じような事になったら綸が止めるのよ。」
日曜日には退院し、月曜日からいつも通りに通学したので
他の連中は何も気付いていない。
変化を感じるのは津久田伴に対してだろう。
「元に戻った」だけだが「豹変」と言われても不思議ではない。
騒がしい津久田伴が戻った。だけではない。
「憑き物が落ちたようだ」と例えられる状態なのだろう。
騒がしいのに落ち着いて、余裕のある彼がそこにいた。
すぐに夏休みになる。
進路について本気で考えている者は動き出している。
橘佳純はどうするつもりだ?
「え?一緒の大学行くつもり?」
御厨理緒がいつ戻るのかも判らない。
橘佳純が彼の元に行くのなら話は別だが。
念のために合わせた方が無難かと。
「いやいやいや。綸君のなりたい者になりなよ。」
俺のなりたい者?
「無いの?将来の夢的なの。」
「佳純は王子様のお嫁さんだもんな。」
「王子って誰だよっ。柚ちゃんこそどうすんの。」
「アタシはとりあえずで大学行く。」
とりあえず。か。
「そ。まだ未定だからな。大学行けば何か見付かるかもだし。」
「杏姉ちゃんはたまには帰って来るの?」
「滅多に来ない。法事でも無ければ来ないんじゃないかな。」
宮田家の長女、宮田杏は大学在学中に
親友の柏木梢と共に渡米。
IT関連の会社を立ち上げてそこそこの業績を上げているらしい。
「いざとなればそこで雇ってもらえば。」
「あー身内の会社はなぁ。」
「楓は進路決まってるんだよな。」
「ん?いやまあ漠然とね。」
敷島楓が目指すのはスポーツ医学。
「のコンサルタントみたいな?」
通常「スポーツ医学」とは様々な分野の医療関係者がチームを組み
選手本人を強化、ケアする事を指す。
敷島楓は、「オリンピックを目指す選手」を対象にするのではない。
彼女はそれ以外の、一般の個に対して、必要な「処置」や「対応」を紹介できる立場を目指している。
「だから先ずは私が医者なり何なりにならないと。」
その上で他の民間医療施設と提携し個のメニューを作る。
スポーツインストラクターに近いのか。
「医学療法士とか作業療法士のが近いのかな。」
リハビリだったり動作補助だったり。怪我人や障害者に対する運動メニュー作成も含まれるようだ。
「私が子供の頃母親がちょっと重い病気になってさ。」
「今はもう全然平気なんだけど。」
「それで最初はお医者さんになろうって思ってたんだけど。」
「私、身体動かすの好きだし絢先生んとこでイロイロとやっててさ。」
「何かコレを活かせる仕事あるといいなぁって。」
「まだコレってのは決めて無いんだけどね。」
敷島楓は少し俯き照れながら語ってくれた。
それなら三原紹実に話を聞くのも面白いと思う。
あの人もあの人の母親も医療に関して造詣が深い。
「ああそうか。そうだよ。肝心な人の事忘れてたよ。」
「悪いけど今度会った時に都合聞いておいてくれるかな。」
判った。
「箱田様は何か決めていらっしゃいますか?」
「私も別にまだ何も。とりあえずで大学かもね。」
滝沢伊紀は滝沢家を継ぐのか?
「もちろんですよ。」
その返事は「嫌々」ではない。
彼女は家業に誇りを抱いている。
「ですが両親は10代の内は見聞を広めろと大学を勧めています。」
「何だったら他所の国に留学してはどうかとさえ言い出しました。」
「嘘っ。そうなの?」
どうして橘佳純が驚く。
「だって伊紀のご両親はそりゃもう大事に大事に箱に入れてたじゃない。」
「私のとこに来たのだってそれで驚いたんだから。」
「そうなんです。最初は両親も渋っていました。」
「父か母のどちかが一緒に来るような話もしていました。」
「結姫様が説得してくださってようやく一人でこちらに参った次第で。」
「ですから私も両親の心変わりには少々戸惑っております。」
三原紹実は敷島楓を知っている。
「もちろん覚えてるよ。アイツ小学生の時キズナに会いに高校まで来たからな。」
随分と積極的ですね。
それ以来、綴さんや小室絢が何かと面倒を見るようになった。
「ちょっと違う。」
「その頃あいつの母親が病気になってな。」
柏木梢の母親と敷島楓の母親が元々知り合いだった。
柏木梢が敷島楓の面倒を見るようになったのは当たり前の流れ。
「最初は梢からだよ。知り合いの病気を私に相談してきて。」
三原紹実は母親の三原縁に連絡をとり、
三原縁が知り合いの医者を紹介した。
それは本人の予想以上に悪い状態だった。
そして日本では認可されていない手術に踏み切る事になった。
「直接私達がとゔこうしたわけじゃ無いから楓には特に言ってないんだけどな。」
多分、敷島楓はこの事実を知っている。




