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橘結が母親を亡くし、
生まれたばかりの妹とも離れなくてはならなくなり、
それでも「橘家」としての責務を果たし続けると決意した。
ほどなく、
二人の従者が宮田杏ら「トモダチ」を紹介する。
橘結は、本人に請われ、そのトモダチの一人を
「継ぐ者」の世界から追放した。
後日、その子の母親が自殺。父親は蒸発。
橘結の好意が一つの家族を崩壊させた。
橘結は心を閉ざす。
橘家の責務を果たすその最中
何度となく橘結はその存在を「壊され」かけた。
肉体は二人の従者が守り続けた。
だがその精神は本人だけのもの。
自身を見失った橘結を魔女が引き戻す。
ほんの僅かに残る「橘結」としての人格は
小さな頃の小さな約束によってのみ保たれていた。
風船の子。
小室絢と南室綴は魔女に橘結を救う方法を教わり
橘結はようやく二人との信頼関係を築く。
綴さんは三原紹実さんから魔法教わったのですか?
「そうよ。あ、綸も教わりたいのね?」
俺は滝沢伊紀から「技術の教示」を断られていた。
「一月半では短すぎる。」
「うーん。紹実ちゃんに教わるのはあまりお勧めしないわね。」
そうなんですか?
「あの人天然なのよ。」
はい?
「感覚的と言うか、産まれつき魔女なの。」
言葉や理論ではなく、「そうできる」タイプ。
「小さい頃から母親と一緒に飛び回っていたらしいから。」
見て感じて覚えた魔法。
その上で好奇心が強く、「工房」での実験の数々。
この街の魔女伝説は伊達ではない。
環境が整った上に天才肌で、努力家。
「技術だけなら理緒君より上なんじゃ無いかなって友維ちゃんが言ってたわ。」
「だからなのかあの人魔女以外の部分がちょっとアレでしょ。」
アレ。
「だから教わる時はあの人の常識に合わせるの。」
それは難しいですね。
「でしょー。」
橘佳純が正当な後継者ではない。
だが今回のような事案は起こりうる。
かつて南室綴がそうしたように
俺も橘佳純の従者として「そうできる」ようになるべきだ。
などと三原紹実を説得しようと屁理屈を捏ねたが
「断るって言ったじゃん。」
と、あっさりと断られた。
「お前の教育は友維に任せてるの。」
市野萱友維はその「魔法」を知らない。
「滝沢の娘に教わればいいじゃん。」
帰郷まで日がない。
「じゃあ諦めろ。」
仕方がない。短期間で何処まで習得できるか判らないが
「だいたい、お前が教わろうとしているその技術って理解しているか?」
橘家の継承する技術と「根本」は同じ。
様式であるとか手法であるとかに差異はある。
さらに異なるのはその「対象」の広さ。
橘家のその技術が「神社」として祀られているのは
それが「自然界」においても作用するから。
一方の滝沢家のそれは
対生物(特に人)に限定されている。
「憑き物」のお祓い。
現代社会に、どれほどの需要があるのか判らない。
本職としてそれを生業にしているのは
滝沢家を含め2件だけと聞いた。
他は悪く言えば「アルバイト」や「奉仕」でしかない。
「広さ?違うよ。深さだよ。」
深さ
「今回結は何しに行った?」
山の浄化。
「結や佳純が狙われるのはどうしてだ?」
「人ならざる者」を「人」にできるから。
「それじゃあどうして滝沢家は狙われない?」
滝沢家の技術ではそれができないから?
「そうだ。」
俺は勘違いをしていた。
「人ならざる者」と「憑き者」は根本から違う。
先天的か後天的か。
橘家の技術はどちらにも対応できる。
「もっと言うなら」
「滝沢家や魔女の技術はその表面の事象への対処でしかない。」
「お前にはその覚悟があるのか?」
覚悟?何の?
「佳純がそうしている時、お前は何も出来ないんだぞ。」
小室絢にも言われた。
生き続ける覚悟。
橘佳純が苦しみ悩み、傷ついたとしても
その時俺は何もできない。
ただ、橘佳純がそうなる様を、そうされ続けさせなければならない。
「お前がその技術を学ぶって事は、」
「より橘佳純に近付くって事なんだ。」
「その苦しさを知ってもお前は何もしてやれないんだ。」
「お前はそれに耐え続けるだけの覚悟があるのか。」
もしかしたらそれで綴さんは反対したのだろうか。
いや、だとしても綴さんは橘結のためにそうした。
「それは綴が女性だからだよ。」
「聞いた筈だぞ。」
「女子の後継者には女子の従者。」
「佳純には理緒がいるからこそお前は従者として認められた。」




