043
二人のお姫様の再会は同時にプナイリンナ王女の帰国の決定を意味している。
「少しゆっくりしていけばいいのに。」
親友の橘結は本心で言っている。だが王女の帰りを待つ者がいる事も知っている。
ロゼ家との確執が「おそらく」生じないと判った事で
彼女がこの地に避難し続ける理由も無い。
「リン。帰る前に一つだけ。」
サーラ・プナイリンナは俺の手を取って言った。
「元は私達と同じ一族だったのは臭いで判る。」
昔々の物語。
ヴァンパイア同士の勢力争いがあった。
プナイリンナ家でさえも
いくつかの分家が互いの思想を違え袂を分かれた。
もしかしたら俺はその「別れた」一族の血を継いだのかもしれない。
「リンがどの一族の血を継いだのかは問題ではないの。」
彼女は「あの夜私も助けてもらった」と言った。
いやそれは結果的に
「違うわね。あの時アナタは私を「先生」と呼んだ。」
「佳純を狙った者が私にも害を及ぼすかもしれないって思ったから。」
お見通しだ。
確かにあの時。危うく王女と呼びそうになった。
いや、それでも俺があの時一人で相手になろうと思ったのは
あの場にも王女の護衛がいたからです。
「やっぱりね。他の人は誰も気付いていないわよ。佳純ですらね。」
そうなのか。
「リン・ナムロ。アナタを私のファミリーに迎え入れます。」
王女は突然何をいいいだすか。
「ツヅリの了承は得ているわ。」
「いつかアナタがフィンランドに来て私の元を訪れて。」
「正式な儀式はその時ね。」
「とりあえずしばらくはコレがその証。」
サーラ・プナイリンナは俺の頬にキスをした。
俺は自分のルーツに興味は無い。
父親やその親がどんな奴なのか、それを知ったからどうだと言うのだろう。
捨てられたヴァンパイアである実だけだった。
プナイリンナ王女のキスを受けたその瞬間から
俺の中に「拠り所」ができた。
ヴァンパイアである事を誇らせてくれる証明。
「うそっ。マジでっ。」
敷島楓が驚くのも無理はない。
「ちょっとズルいー。何で綸ばっかりー。」
箱田佐代がまるで駄々っ子のようだ。
サーラ・プナイリンナは母親に捨てられた俺を気遣ってそうしてくれた。
それが同情なのは俺でも判る。
「だから暗い過去をサラっと言うなよっ。」
「それに同情だけじゃ無いと思うよ。」
橘佳純。その根拠は?
「あの時、綸君は王女様を助けたじゃない。」
津久田伴も箱田佐代もその場にはいなかった。
助けたと言っても相手は素人だ。
「お前達はお姫様を守れ。ここは俺一人で十分さ。」
「かかってこいザコどもっ。」
宮田柚と敷島楓がポーズを取りながら何やら言っているが
もしかして俺の物真似なのだろうか。
「あーーっ思い出したっ。」
突然どうした宮田柚。
「お前あの時楓に何て言ったか覚えているかこの野郎っ。」
敷島楓に何か失礼な事を言ったか?
「そうじゃねぇっ。」
「あの時お前はアタシに王女を守れって言って。」
「楓には「宮田柚を見張れ」とか言いやがっただろうがっ。」
皆が笑い出した。
「あの時「え?」て思ったけどそれどころじゃ無かったし。」
橘佳純は
「あー私も「え?」て思った。」
敷島楓は
「私はただ納得しただけだけど。」
そして滝沢伊紀は
「私も綸様の判断は正しいと思いました。」
「にゃにおうっ。」
この時は笑っていられた。
だが王女のキスは誰も予想もし得なかった事態の布石となっていた。
王女は帰国するが
滝沢伊紀はまだ帰れない。
何かが終わったわけではない。何も始まってもいない。
橘結の帰宅によってその護衛役は免除されるだろうが
近い内に同様の案件が無いとは言い切れない。
「とりあえず学校が一区切りするまでいなよ。」
と橘佳純が進言した事もある。
滝沢伊紀ならば橘佳純が「来い」と言えば来る。
それでも、たった1月半ではあるが
彼女がこの地に留まってくれるのは有難かった。
「そ、そ、それはどういう意味で」
滝沢伊紀から教えを請いたいとずっと思っていたんだ。
「教え?」
「悪魔のような」奴らを「祓う」方法。
「あ、なるほど。そうですね。そうすれば私がいなくても。」
俺は南室の者だ。出過ぎた真似だとは思う。
しかしそれでも。
かつて小室絢と南室綴がそうしたように。




