035
「伴君が桃ちゃんの事好きなのも知ってたよね。」
あれは本人がそう言ったから。
「でもその前から判ってなかった?」
敷島楓がどうしてそれを知っている。
「やっぱりそうか。ナニソレ。どんなふうに見えるん?」
見える?いや俺には何も。あ、うん。そうか。
「お?何だ?」
「見て」はいない。「聞いて」いるんだ。
声質とか心音とか。
普段の声と特定の誰かに対する時の声は違う。
鼓動も速まる。
多分無意識に聞き分けているのだと思う。
「すげぇ。西洋吸血鬼の能力かっ。」
いや、無意識だ。
「つか心音まで聞こえるの?半端ないな。」
他人より聴力が高いのは子供の頃理解したが
普通のニンゲンとの差なんて測った事はない。
「で?で?柚ちゃんもそうなんだな?伴君に対してそうなるんだな?」
正確に言うと少し違う。
伴が宮田桃の話をすると、宮田柚の声質が変わる。
不快な時に発する声に近い。
「なるほど。嫉妬してる的な事だと思ったんだな。」
そうだ。
「ふんふん。イイぞ。綸君は素晴らしい特技を持っている。」
「だそうだぞ柚ちゃん。」
「どうなの?ちょっと本当の事言いなさいよ。」
「だから違うって。」
「歩く嘘発見器がここにいるのにまだシラを切るつもりか。」
それは俺の事か。
すまない。宮田柚。本当にただの勘違いだ。
それにこれだけは判ってほしい。
俺は意識的に宮田柚の声質や
「いいよ。判ってるよ。アタシも耳はイイ方だからな。」
「聞きたくもない声だってあるのにな。」
耳を閉ざす事はできない。
だが方法はある。
心を閉ざす。
すると耳は音を拾わない。
耳に入らないのではない。心に届かなくなる。
俺はそうやって雑音を消した。
「アタシも似たようなもんだ。」
「でもアタシには楓も佳純もいたからな。」
そうか。
「あ、ホレ、この前杏姉達の武勇伝言ってたじゃん。」
遮断機に吊るしたとか
「あんなもんじゃなかった。」
「チョット引くくらいの事してたから鍋食べ終わってからな。」
橘家では新年会が夜通し行われ客間は塞がれている。
三原紹実は飲酒したので帰らない。
三原家の客室は空いている。
それでも友人達が一部屋で寝るのは判るのだが
どうしてそこに俺も参加させられる?
俺は自分の部屋で寝る。
「ちょっと見せろよ。」
と案内すると
「うわっ何もねえっ。」
一時的な居候だからな。
「ツマンネー奴。やっぱりお前も一緒に寝ろ。」
どうして俺が。
「いいなー魔女共ヨーロッパで年越しかー。」
「あれだけアクティブな魔女って珍しいんだって。」
「そうなの?」
「フツーは街に住み着くんだよ。」
「じゃあ紹実姉ちゃんが本来の魔女的な感じ?」
「あの人も変わってるからなー。」
三原紹実に聞いた事がある。
彼女の母親がこの街に越して来たのは他の魔女がいなかったからだ。と。
それ以上の理由は無かった。
三原縁と三原紹実が橘家に手を貸す事になったのは
事前にそれが判っていたのではなく、ただ居合わせただけだと。
「そうね。本来なら有り得ない組み合わせね。」
「だよなー。巫女と魔女ってなぁ。」
「ラノベならライバルになってイケメンを取り合う展開だもんね。」
敷島楓の例が適切なのかは判らないが
その事があり橘結は橘家の継承者としての責務を果たし続け
同時に三原家の魔女はその界隈にも名が知られるようになった。
「紹実姉ちゃんのお母さんて元々凄い魔女だったみたいだよ。」
医療関係の業務で世界中を回っていると言っていた。
「魔女のくせに」と言われながらも
「それで救える命があるのなら」と動き続けた偉大な魔女。
「その人の妹が理緒君のお母さんなんだよな。」
「そうだよ。だから正確には理緒君と紹実姉ちゃんは従妹同士。」
そうだったのか。ん?市野萱友維を紹介されたときに
「私と理緒の妹だ」と言われたな。。
「友維ちゃんは理緒君の本当の妹だよ。」
「あそこの家庭の事情は複雑だからなー。」
「市野萱は母親の姓で御厨はその親の旧姓。」
御厨家から三原と市野萱にお嫁に行った。と。
「そう。でも事情があって理緒君は高校生になるまでお婆さんと暮らしてて。」
「その後この街に来てこの家から通ってたの。」
「裏庭に小屋があるの知っている?」
見たことはある。
「あれが理緒君の部屋。工房って呼んでるけどね。」
「で友維ちゃんは小さい頃から母親と一緒にヨーロッパ点々としてたの。」
俺なんかよりよほど面倒な人生を歩んでいるな。




