003
連休中、橘佳純の顔を見たのは数えるほどだった。
関係者が集まって橘家で食事をした時と
祭事が終わり片付けを手伝っている時だけ。
俺は殆どの時間を公園の屋台の手伝いに費やした。
初日の焼きそば店。2日目は顔役の射的場をいきなり一人で任された。
3日目は屋台を手伝う事は無かったが各店の裏手でゴミの回収に走った。
平日を1日挟んで再び宮田桃と焼きぞはを作り
その翌日は午前中にたこ焼き、午後からいか焼き。
綴さんは
「本当に働き者で助かったって皆喜んでくれたわよ。」
と連休最終日に嬉しそうに教えてくれた。
そして
「でも皆揃いも揃って「もうちょっと愛想よかったら最高。」だって。」
俺は客商売には向いていない。
自分が笑わないのは自分でも判っている。
いつからこうなったのかも覚えている。
連休明けの学校。
登校途中に3人が合流する。
そしてこのほんの数分間だけ、俺は橘佳純の隣を歩くようになった。
入学二日目の朝、敷島楓が俺を待ち、
合わせて他の3人も立ち止まっていた。
俺は何故そうしているのか全く気付かず距離を取り立ち止まっていたので、危うく遅刻しそうになった。
以来、3人の合流に合わせることにした。
橘佳純が教室に入ると、空気が変わる。
悪い意味ではない。
その場の輝度が増す。花が咲くように色が付く。
彼女は誰とでも挨拶を交わす。
俺は誰とも目を合わせず席へ着く。
そしてそのまま目を閉じて心の中で耳を塞ぐ。
慣れると簡単だ。
自分を暗闇に置けばイイ。
騒がしい筈なのに、何も聞こえなくなる。
だが今日は違った。
目を閉じたすぐ後、暗闇に潜るその前に
机の前から異質な雰囲気。
俺はコイツを知っている。目を開けなくても誰なのか判る。
津久田 伴
奴は俺と同類の存在。吸血鬼ではないが人でもない。
狼男
「ドラキュラが昼間から屋台で焼きそば売るとか。」
コイツ来てたのか。
あの場は「人以外」が多く個人の特定が出来ない。
「桃さんと二人で。桃さんと二人でっ。」
宮田桃を知っている。それで何に興奮している。
「俺も小室道場に通ってる。剣道だけどな。」
宮田桃も通っていると聞いた。その繋がりだろう。
「お前空手だろ。なのに何で桃さんと知り合いなんだ。」
説明するのは面倒。
母親が宮田家の長女と知り合いだから。
「杏さんとか。」
「橘佳純と仲良しなのもそれか。」
ナカヨシ?
コイツは何を見て言っている?
「そもそもドラキュラが朝から出歩くとか正気なのか?」
お前は月夜に出歩かないのか。
「じゃあニンニクとかも平気なのか?」
俺の好物は美幌の炒飯と餃子だ。
「ああっあそこ旨いよな。餃子はニンニク入れ過ぎのような気がするけど。」
「もしかして十字架も平気とか?」
格子を無視しての日常生活は無理だ。
「ハッ。だよなー。」
「悪かった。ちょっと確認したくってさー。」
確認ついでに言っておく。
俺はドラキュラじゃない。
「えっ?じゃあ何だよ。」
津久田伴がやたらと話しかけてくるようになったのはこの日からだった。
日本人で狼男。もしかしたらコイツも俺と似たような出生なのかも。
と興味を持ったのが過ちだった。
「なーなー。お前橘佳純と付き合ってるのか?」
違う。橘佳純には恋人がいる。
「その割にいつも一緒にいないか?」
俺はアイツに仕えている。
「ツカエテ?」
簡単に言うとアイツは俺の主人だ。
「ドラキュラの御主人様がが巫女?」
ドラキュラではないと。
橘佳純が神社の娘なのは知ってるな?
俺の家は代々その神社の子を補佐するのが仕事だ。
何でこんな奴に説明している。
「それで?橘佳純の好きな奴って誰?」
詳しくは知らない。一度会っただけだから。