023
結局俺がその主役を演じる事は無かった。
「少しは演技してっ」
と言われるが何をどうしてイイのか判らない。
「感情をこめてっ」
と言われるが何をどうしてイイのか判らない。
「誰にでも欠点はあるよ。」
と何に対して慰められているのか判らない。
主役は津久田伴に変更となる。
普段は「やかましい」と言いたくなるその声も
過剰なまでのリアクションも
お芝居」には向いていたようだ。
俺には判らないが上演後に拍手が鳴ったのだからそうなのだろう。
その文化祭2日目。
朝から両親が慌ただしかった。
「これから姫様の元に行く。」
判りました。
数日か数週間か、数カ月か。
2人は俺を心配する。当然か。
何かあったら小室に言うよう話を付けておいてくれた。
自炊も家事もできる。問題ありません。
「もしかしたらしばらく小室家に厄介になるかもね。」
と母に言われた。が、まさかこんな事になろうとは。
とにかく文化祭二日目。
初日に演劇を終えたクラスメイト達はそれぞれ他のクラスの催物を見学。
それでどうして俺はこんな格好をさせられている?
「何もしなかった罰。」
「芝居ヘタ過ぎる罰。」
「せっかく作った衣装が無駄になるでしょ。」
敷島楓も隣のクラスで無関係なはずの箱田佐代も何を言っている。
その途中、小室絢から連絡が入る。
「学校終わったらウチに来い。」
母に言われたように、小室家で世話になるのだろうか。
「最初はそのつもりだったよ。母ちゃんもそうしろって言ってたし。」
「でもチョット面白そうな事思いついてさ。」
「断る。」
伝説の魔女、三原紹実が
玄関を開けたその先で並ぶ小室綾と俺を見ての一言。
「まだ何も言ってないだろ。」
「吸血鬼の小僧を連れてるってだけで察するわ。」
「だからって相談前に断るなよ。」
「大体私はもう魔女としての一線は退いたの。」
「は?何だよそれ。老け込む歳でもないだろ。」
「うるせぇっ婚活してんだよっ。」
「必死か。」
「あ?お前相手見つかったからって調子こいてんな?」
「なっ。何で知ってんだっ。」
「お前の母ちゃんが黙ってられるわけないだろう。」
「つーかお前が自分で面倒見ろよ。いつまでも私を頼るな。」
「私がいくつになろうが紹実ちゃんは私の先生なんだから頼るに決まってるだろ。」
「決めるな。」
あの、俺は一人でも大丈夫です。
「ホレみろ。この小僧のがよっぽど弁えてるわ。」
得体の知れないこんな化物の面倒を見るなんて俺だってイヤだ。
小僧呼ばわりするこの人はいくつなのだろう。
小室絢の先生と言っていた。つまりそれだけ離れている筈だ。
とてもそうは見え
「お前兄ちゃんとかいるか?もしくは知り合いの兄貴とか。」
両親と姉だけです。知り合いの身内は判りません。
「知ってるよ。南室綸。」
この人は俺を知っている。俺はこの人を知らない。
知っているのにどうして聞いた?
彼女はじっと俺の目を覗き込んだ。
キレイな人だな。
「料理はできるか?」
少し。
「よし料理当番だ。あ、いや家事全般だ。」
「それとノトの世話もな。」
ノト?さっきから俺の靴に抱きついている黒猫か?
翌土曜日の夕方。
荷物をマトメ、三原家に居候となった。
(南室の両親は驚き喜んだが同時に「不安だ」と言った)
ホテルのような屋敷の二階にある客室を宛がわれ
三原紹実はもう一人の同居人を紹介した。
「市野萱友維」
「私と理緒の妹だ。」
はい。
「少しは何かないの?」
これが彼女との初めての会話。
何かって?
「姉ちゃんも私も理緒も全員苗字違うだろっ。的な。」
気にしませんでした。
「ツマンネー奴。」
「アンタ理緒には会ってるんだよね。」
はい。橘佳純の恋人ですよね。
「まあそうなるのか。あのタラシコマシ。」
「知ってるか?アイツ今ヨーロッパで女はべらしてるんだぞ。」
「佳純に言ってみ。焼きもち妬かせてみ。」
どうしてそんな面倒な事。
「まったく理緒の奴。大学卒業するまで待てとかぬかしやがって。」
「自分は人形使って出席してるくせによっ」
人形?
「そっくりさんだよ。代役だよっ。ズルくね?」
ズルイと言うか、イロイロと問題がありそうだな。
「よし。今から大事な事を言うぞ。」
「私に対する返事は二つだ。」
「はいお姉様。」
「判りましたお姉様。」
「これだけだ。いいな?」
判りましたお姉様。
「うわっ本当に言った。」
俺にどうしてほしいのか。
「あと私に手を出したら燃やすから。」
判りましたお姉様。
ヴァンパイアを燃やしたのはこの魔女か。




