022
ひたすら殴られ続けたのは意味のある事だった。
俺がバカで短絡的だから気付かなった。
「殴られるのは痛い」「殴られるのは怖い」
これを身体で覚え込ませるのがその目的。
俺は回復が速い。吸血鬼の血がそうさせる。
痛みがすぐに消えると知っているから、少々の無茶をする。
相手の攻撃を避けも躱しもせず、ただ受け止めていた。
「攻撃をするな」
この一言だけで俺は体を止めていた。
「避けるな」とも「躱すな」とも言われていないのに。
文化祭。
喫茶店やお化け屋敷の何が「文化」なのか判らない。
それを口にするほどの愚か者ではない。
誰よりも燥いでいたのは英語の特別講師だった。
「私達の時はユイとアヤとアンズ達とでバンド組んでね。」
「うそっ姉ちゃんが?」
宮田柚は何も聞いていなかったようだ。
「うちにDVDあるよ。」
「私見たいっ。」
橘佳純の言葉に真っ先に反応したのがその特別講師。
ただ橘結が不在のためそのDVDの所在が判らず
「絢姉ちゃんなら。」
「断るっ」
小室絢は即答。断固として拒否した。
「何でよイイじゃない。」
「なんであんな恥ずかしいモン態々っ。」
と言いかけている時、
一緒に付いてきたサーラ・プナイリンナが小室絢にハグをする。
「うわっ」
「んー。久しぶりねー。4年?5年ぶり?」
「あなたのお母さまにも挨拶させてよ。」
と、二人は玄関から奥へと。俺と橘達は客間で待たされる。
やがて二人が戻ると
「私は見ないからなっ。」
小室絢はパソコンとお茶を用意すると客室から出て行った。
「うわっ若いっ。」
「コッチのこれって椿姉ちゃん?」
「そう。でこっちが私の旦那様。でドラム叩いているのが狼男。」
何だこれ。
吸血鬼の王子と王女(?)。狼男。神巫女。猫娘。そして栄椿はたしか雪女。
「ホントに変な街よね。私、世界中でこの街が一番居心地がいいわ。」
ああそれだ。
俺もずっと気になっていた。今まで言葉が見つからなかった。
施設でも、南室家の実家でも、そこの街に住み通った学校で得られなかった。
だがこの街に越してそれがすぐに手に入った。
「居場所」
この街は俺を受け入れてくれた。そんな気分にさせてくれた。
ご機嫌だったのはサーラ・プナイリンナ。
彼女はディスクのコピーを手に入れ上機嫌。
どうしてだろう。
「物事」だったり「事態」てものが、この人の思うままに展開しているような。
いや、些細な出来事なのは承知している。
今回の件に関しては誰がそう望んだとしても叶うのだろう。
だがサーラ・プナイリンナならば、
彼女が望みさえすれば何もかもが「そのようになる」と
他人にそう思わせてしまう力(魅力?)がある。
「それで?アナタ達は何をするの?」
残念ながら今年は「クラス」単位での催物。
橘佳純達「だけ」で何かをするわけにもいかない。
「ユイ達はお芝居したって言ってた。」
「そのDVDは無いのか?」
「それは見た事ないなぁ。」
小室絢も見ていない。見たくもないと言った。
高校の一クラスの小芝居を誰が録画すると
「あ、もしかして。」
宮田柚が宮田杏に連絡を取り、知り合いで雪女で婦女子の栄椿へと。
「あー、ないあるよ。」
どっちだ。
「えーっいやだよー。姫ポンと絢ポンの披露宴の時にサプライズでさー。」
つまり「物」はある。と。
「ダメ。台本なら見せてやる。」
吸血鬼とお姫様の物語か。
「綸様と佳純様ですね。」
「本当だ。コレでいいんじゃね?」
この場で勝手に決めるのはダメだろう。
大体仮にコレをするとして俺や橘佳純が演じる必要は
「え?イヤなの?」
お芝居なんかしたことがない。
「私だってないよ。」
橘佳純は演じたいのか?
「楽しそうじゃない。」
だからってどうして俺までこんな格好をさせられる?
クラスの連中はどうして誰も反対しない?
「お前スタイルいいなぁ。」
宮田柚は何を言っている?
「ムカつくよな。」
津久田伴は何にイラついている?
「背が高くてイケメンで無口でクールで。」
「さぞかしおモテになるのでしょうね。」
滝沢伊紀も何を言っている?
俺はモテた事なんて一度もない。
この街に来るまで俺の周囲に誰かが居た事なんてない。
「怖いもんなお前。」
「俺に近寄るなオーラ出してるよね。」
そんな技は無い。
子供の頃、母親に捨てられ「化物」扱いされ
肌の色や髪の色を揶揄われ、その相手を殴り蹴り
それから誰も近寄らなくなった。
それだけだ。
「さらっと重苦しい過去を暴露するなよっ。」
事実だ。隠す理由はない。
今は他人の「声」を聴かないので
落ち込む事も苛立つ事も無い。
「だからっシレッと悲しい事を言うなっ」
「俺はお前を怖いと思った事ないぞ?」
「伴はバカだからなぁ。」
「なんだと?」
「イイ意味よ。」
「ならイイ。」




