020
楽しかった。調子に乗っていた。
道場で小室絢との組手の際、つい「前蹴り」で距離を取ろうとしてしまった。
小室絢は構えを解いて言った。
「もうここには通わなくていい。」
え?
「ゴメンな。私の教え方が合わなかったんだな。」
「この前連れてきた箱田って子と同じジムか?」
え?いや、違います。
あの俺は
「自分の思う通りにやってみろ。」
「合わなかったら次を探せばイイ。」
小室絢は判ってくれた。
しかし、破門されてしまった。
「忘れるなよ。」
「お前の手足は、身体は誰かを傷つけるためにあるんじゃない。」
俺は小室絢を裏切った。
南室綴を失望させてしまう。
でも俺は強くなりたいんだ。
もうあんな思いをするのはイヤだ。
翌日から俺は再び橘佳純達との登下校を止めた。
そして
ジムでのスパー中、
俺は相手に怪我を負わせてしまった。
何も考えていなかった。
ただ漫然と、反射的にそうしていた。
「気にしなくていい。リングの中ではよくあることだ。」
そうかもしれない。
だがこれはそうではない。
辞めるって選択しても綴さんは許してくれるだろうか。
それから間もなくの10月のある日。
橘佳純は狙われた。
もう終わったのだと思っていた。
橘佳純は安全なのだと思っていた。
女性達だけの帰り道。
相手の不運はその中に「魔女」が居た事。
「別に狙われたわけじゃないよ。」
でも浚われそうになったと
「違うよ。話をしに来ただけなの。」
「それを伊紀と蓮ちゃんが喧嘩売るような真似して。」
橘佳純に声を掛けたのはむしろ「味方側」の存在。
今回の件が「内密」である以上
部外者であるかもしれない者の前で話をするわけにもいかず
「お一人でお越しいただきたい。」
に対し、過剰反応しただけ。
「姫様一人にさせるわけがありませんっ。」
「だいたい綸様がご一緒でしたらこんな事に」
「ちっょと伊紀。」
「佳純様も佳純様です。綸様に事情がおありだろうとか仰って。」
そうなのか。それで何も言わなかったのか。
「あ、それに喧嘩を吹っ掛けたのは私ではありませんよ。」
魔女の保育士さん。
「蓮ちゃんはああやって煽って本性掴もうとするの。」
「本当にあのお方の煽り文句はもう。」
滝沢伊紀がその魔女の物真似をする。
「アナタ達が悪魔の使いだろうと関係ないわ。」
「どのみち姫様相手に三下を遣わした時点で失礼でしょ。何様のつもり?」
もうどっちが何様なのか。
そして最終的には「脅す」
「アナタ達。本物の魔女を見るのははじめて ?」
「あれは恐ろしい。魔女は脅威の対象ではないと聞いていたのですが。」
「あ、今の理緒君には内緒ね。」
御厨理緒。最強の魔女。橘佳純の恋人。
俺は彼との約束も破っていたんだ。
夕方、小室絢に呼び出され道場に向かった。
気が重い。橘佳純が付き添ってくれなかったら行かなかっただろう。
小室絢は案の定怒っていた。
「どうして佳純に着いていてやらなかったんだ。」
破門されたのに?
「それとこれとは話が違うだろ。」
違いませんよ。
俺には橘佳純を守る力も資格もない。
ここを辞めてまで行ったジムでも問題を起こして。
「問題って。どうした。」
スパーで相手に怪我をさせてしまった。
「その、相手はどうなんだ。酷いのか?」
いえ、骨には異常なかったようです。
打ち身と、転んだ際に足を捻った。
「その程度、よくあることだよ。」
いや。ただの不注意だ。ボケっとして。集中しないで。
「それでお前もしかして責任取ってそのジム辞めたりしたの?」
はい。




