018
彼はその「悪魔のような」奴らに雇われただけの「元」格闘家。
彼は「雇い主が何者なのかも知らない」と言った。
練習中に目を傷め、二度と試合に出られなくなった。
警備会社でバイトをしつつ、用心棒のよう仕事も請け負っていると言った。
それで、その用心棒が何の用です。
「怖い顔するな。」
「お前に興味が沸いただけだ。」
興味?
「お前、強くなりたいんだろ?」
秋分の日。
誰よりも目立っていたのは吸血鬼の王女様だった。
「ユイの恋人のお母さまのユカタなの。」
「せっかく久しぶりに着たのに。」
その代わりに妹の橘佳純に自慢している。
意味あるのか?
当時小学生だった橘佳純はこの街にいなかった。
「あの時はユイに妹がいるなんて知らなかったわ。」
「ゴメンなさい。」
「謝る必要は無いわ。事情は聴いたから。」
橘佳純が産まれてすぐ、母親の橘紀子が亡くなった。
橘家では、橘結が後を継ぐ事となり
子育てとの両立が難しいと判断され、父親方の実家に預けられた。
橘佳純が中学進学と同時にこの街に移り住む事が決まるまで
(その前年の夏頃らしい)
橘結は、妹の橘佳純の存在を隠し続けた。
知っていたのは南室家と小室家。そして一人の魔女。
どうしてそんな事を?
「タチバナの能力は私達の間ではそこそこ知られているのよ。」
俺はよく知らない。聞いてもいないし聞く気もない。
つまりその能力を邪魔に思う連中もいるって事なのだろう。
「橘結の妹」
それを知られてはならない。橘佳純が、橘結の脅威であってはならない。
互いを守るために必要な措置だった。
姉妹が出会えるのは
年に一度か二度。何でもない日に、ほんの数時間だけの交流。
寂しくは無かったのか?
「え?ええっ?」
なんだ。何かおかしな事を言ったか?
「え?いや。あの。綸君、泣いてるから。」
何?
「佳純様に何かあったら」
と言っていた滝沢伊紀は浴衣姿だった。
「だって佳純様が。佳純様がっ。」
判っている。その綿菓子も橘佳純に持てと言われたんだろ?
「ひぃっ。これはっ。」
箱田佐代は
「私もあの舞台で舞った事あるしねー。」
とベテラン風を吹かせ平静を装っているが
女子高生がアニメキャラのお面を頭に被せているのはどうなんだ。
津久田伴の姿が見えないのは
宮田桃に請われ焼きぞは屋台を手伝っているから。
宮田柚と敷島楓は?
「アホか。あの王女様と一緒に居たら引き立て役にしかならんだろっ。」
と二人でフラフラしている。
神巫女と祈祷師と、三人の吸血鬼。
いい街だな。
「どうしたの急に。」
いや、何となく。
橘結のいない「お祭り」を成立させているのは
俺の隣にいる一人の少女。
先ほどまで、神楽殿で舞っていた橘佳純。
昼と夜とを繋ぐ「バランスの日」に合わせて
俺達のような「人ならざる者」と「人」とを繋ぐ「舞」
それは神にではなく、両者に捧げる「祈り」。
その週の日曜日。
男が指示した場所は隣の県の駅だった。
各駅で1時間ほど。
ガラの悪そうな、良く言っても「チンピラ風」な恰好で現れた彼が案内したのは
ジム。プロレス?
「いや。総合格闘技だ。キックもバーリトゥードもコマンドサンボもやってる。」
中はゴツイ男だけではない。女性も子供もいる。
彼は俺を「そこそこ偉い」人に紹介した。
「この前話した面白そうな奴ですよ。」
「マッチ棒みたいだな。」
「ま、ちょっと見てやってください。じゃ。」
え?じゃって、帰るのか?
「それじゃあコッチ来て。アップまだならしなさい。」
え?はい。
何がどうなっているのか判らないが面白そうだ。
「殴り合いの経験は?」
組手なら。
「と言うと空手かな?どこの道場だ。」
小室道場です。
「小室道場って、あの小室道場か。ったくあのバカ。」
「お前を連れてきた奴はそのこと知っているのか?」
いえ、知らないと思います。
「まあいい。今日は見学だけにしなさい。」
え?どうして。
「あの道場に通っていればイヤでも強くなる。」
いやそんな。俺は全然強くない。俺は強くなりたい。




