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「そう言えばキズナは帰って来たのかよ。」
俺の進路相談が一段落してからの世間話は実にほのぼのしていたが
そうなる事を承知の上でかこの三原紹実の一言で空気が変わる。
「まだよっ。」
「おおっ結が不機嫌だ。」
現役NFLの選手で狼男のグンデ・ルードスロットは
小室家でのクリスマス会終わりで真壁絆を浚い帰国した。
「真剣な相談がある」と言われていた事は判明したが
その内容も進捗具合も判らない。
それは真壁絆が口止めされ、彼がそれを守っているからだ。
橘結の「不機嫌」は判るが
友人との秘密を簡単に打ち明けるような人ではないと貴女は知っているでしょう。
「まあそうたけど。」
グンデ・ルードスロットが他の者に相談しなかったのは
単に「恥ずかしいから」でしかなく、時間がかかっているのは
彼はプロ選手であってそのスケジュールに全てを合わせなければならないから。
要は慌てて浚ったものの「ゆっくりと落ち着いて」話す機会が無かっただけの事。
同時に渡米した真壁絆を、同じく渡米している宮田杏と柏木梢が黙って放置しておくはずもなく、
研修やら会議やら商談やらと「代表者」の肩書きを持つ真壁絆を引っ張り回し観光していたからだ。
それでも橘結のこんな姿を見るのは実に新鮮だ。
「何か楽しんでない?」
いえ、不思議な人だと思っていただけです。
「それ褒めてないでしょ。」
橘結。貴女は母のようであり友のようでもある。
俺にとってだけではなく、この街の全ての人にそうだ。
同時に神巫女としての貴女は実に凛々しく神々しい。
だが今の貴女はただの恋するオトメにしか見えない。
そのどれも全てを「橘結らしい」と思えてしまうのは
「不思議」としか言いようがない。
「賛辞を並び連ねてるけど褒めているように聞こえないのは何でだ。」
「誂ってるからじゃない?」
「そうなの?」
本心ですよ。俺は貴女に尊敬以外の感情を持ち合わせていません。
誂っているのはこの自称親友の皆さんではありませんか?
「自称とか言うな失礼な。」
「言い回しが紹実ちゃんに似てきたわね。」
「失礼な。」
翌日曜日。
大学受験の準備を始めるために
週2回行われていた其々の特訓を週1回に減らす事になった。
(滝沢伊紀とは元々週1なのでそのまま継続)
日曜日は完全に休養日にすると小室絢立会の元綴さんと決めた。
それでも道場に赴いたのは心配をかけた友人達に報告するため。
「悩みって進路相談だったの?」
まあそうだ。
「真面目にもホドがあるっ。」
「何かで落ち込んでいるのかと思ったわよ。」
すまない。考えすぎていただけだ。
年長者に相談に乗ってもらい解決した。と思う。
津久田伴も宮田柚と箱田佐代は俺の謝罪をそのまま受け入れてくれたが
橘佳純と滝沢伊紀は納得していない。
おそらく橘結の態度とリンクしたのだろう。
「ホントに解決したのね?」
具体的には何も決まっていないが自分がとゔしたいのかは判ったつもりだ。
「ん。ならいい。」
それ以上追求しないでくれるのは助かる。
「で?」
で?
「進路どうするの?」
「綸様のなさりたい事って何ですか?」
進路。俺のすべき事。したい事。
「綸様は甘い物お好きですか?」
「あーっちょっと伊紀っ抜け駆けするなっ。」
何だ?
アマイモノがどうとか
「それはホラ。バレンタイン近いから。」
そうか。甘い物は問題ない。
「おっ。それは催促か?催促なんだな?」
催促するつもりは無いがこの学校の風習なのだろ?
「風習って?」
この学校ではバレンタインデーでは女子達が
それぞれ食べたいチョコレートを持ち寄り交換し合う風習がある。
男子はそのおこぼれをいただき、ホワイトデーにお返しをする。
「交換会は確かにあるけど男子には「おこぼれ」て言うか義理チョコよね。」
「あれ?去年てどうしたんだっけ?」
去年の今頃の「学校での」記憶がまるでない。
冬を飛ばして気付くと二年生になっていた。
「あーそうか結姉達帰ってきてすぐだったんだよね。」
「綸は朝来て帰るまで殆ど誰とも喋らなかった時期よ。」
そうだったか?
「そうだったぞ。授業中も休み時間も昼休みですらピリピリしてて。」
「聞いたら「学校にいる間に全て終わらせる」とか言ってたじゃん。」
「何の事?って聞いたら「復習と予習と宿題だ」って。」
「学校終わったら今度は血走ったような目をさせてて。」
「あの頃の綸は結構怖かったわよね。」
そうだった。
滝沢伊紀を含めた4人の師匠からそれぞれ教えを受けていた。
あの頃はその時間だけが俺の全てだった。
怖い思いをさせて悪かった。
「まあ怖いって言っても気持ち悪いって意味だから。」
それは許していると捉えていいいのか?




