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三原紹実の説得をどこまで受け入れたのかは判らない。
「もう少し、考えてみる。」
と綴さんは帰ろうとした。
「待て。考える前に直接話せ。綸。聞いてるだろ。降りてこい。」
南室綴は施設を守るために汚名を被った。
「施設の子」ではなく「南室綴の子」とすることで全ての責任を負った。
南室綴は見ず知らずの出来損ないのヴァンパイアの親として
相手の親族に何度頭を下げに行っただろうか。
その度に心無い言葉を浴びせられた。
原因がどちらにあろうと怪我を負わせた事実は覆らない。
(俺が昏睡状態にあったお陰で両者の過失が認められたらしい)
俺はこの人に拾われた瞬間から、この人にとても大きな借りを作っていたんだ。
俺はまだ何も返せていない。
南室綴に重い荷物を背負わせたままでいる。
俺は綴さんの「なれ」と言う者になります。
俺の子供の頃の件が原因で「南室」の名を汚したから
その責任をとって名を返せと言うならそうします。
それでも俺はアナタに
「でも綴ちゃんは貸しだなんて思ってないでしょ?」
「綴の事だから「施設を守るために綸を利用した」くらいに考えているだろうな。」
「ああそれで自分に負い目を感じて綸を追い出したいのか。」
「違うっワタシは本当に綸に南室の名に縛られてほしくないから。」
3対1では最初から分が悪い。
「違うな。綸にとって南室って名は鎧なんだよ。」
「お前は綸を裸で戦地に送り込もうとしているんだぞ。」
「結果的にお前のその行為が綸の選択肢を狭めているって気付け。」
「綸君だって南室綸って名前好きでしょ?」
俺は、俺には判りません。
俺に名乗って欲しくないなら俺は
「そんなわけ無いでしょ。」
「綸はワタシにとって誇りでしかないわ。」
「でもだからってワタシの勝手でアナタを利用して勝手に名前まで与えて」
「そんな事が許されるわけ」
許してもらわなければならないのは俺の方です。
俺のしでかした事でアナタから大事な場所を奪いかけ
アナタに汚名まで着せてしまった。
俺はその汚名を晴らすためなら何だってします。
「よく言ったっ。」
俺が言い切ると同時に三原紹実が「その台詞待ってました」とばかりに張り切った。
「綸、お前留学できる大学に行け」
「アチコチの国に行って。そこでお前を探せ。」
俺?
「お前みたいな奴だ。」
「んで一人でも多く助けてやれ。」
「お前にはヴァンパイアの一大勢力と魔女がバックについている」
「世界中何処に行ってもお前を助けてくれる。」
「その助けを借りて、お前が誰かを助けるんだ。」
「お前にしかできない。お前になら出来る。」
「綴がお前にしてやったように。お前がそうしやれ。」
それで綴さんの汚名は晴らせますか?
「晴らせるっ。」
言い切った根拠は何だ。
三原紹実はニヤリと笑う。
「綴の名前を使った基金を立ち上げる。」
基金?
「そうだ。少し前から理緒とそんな話をしてたんだ。」
御厨理緒は世界中の魔女の「財布」になれるほどの蓄えがあるらしい。
具体的な額は確認していないが「洒落にならないほど」だそうだ。
公的な監視機関として「委員会」が改められ、
その受け皿となる民間の団体の設立が求められていた。
委員会は「国単位」の行政である性質から
それらを繋げるネットワークとしての潤滑油役割も加味しつつ
委員会の腐敗を見張る意味も持たせる独立したシステム。
「人聞きの悪い。純粋な相互協力だっ。」
「じゃなきゃ綴を関わらせようなんて思ってない。」
「関わるってワタシに何させようってのよ。」
「言ったろ、名前を使うって。理事長。」
「理事長?」
「理事長。」
「理事長かー。」
「何を勝手に。」
「綴ほどお金と自分に厳しくて他人を思いやれる奴を私は知らない。」
「凄い。綴ちゃん。私賛成っ。」
「私も賛成。何か鳥肌立ってる。お前ほどの適任者いないって。」
「ワタシただの巫女よ。人の子よ。」
「魔女もそうだよ。」
「それにだ綴、よく考えろ。」
「子供の喧嘩が原因で名前に傷が付いたとしても」
「綸は今や魔女と吸血鬼共の界隈じゃ知らぬもの無しの存在だぞ。」
「その名誉に較べたら昔の傷なんてムダ毛処理の傷程度だ。」
「綸がお前の汚名を晴らしたいってんならうってつけだろ。」
冗談はともかく人の子である事に意義があると思います。
俺は将来そこで働きたい。
三原紹実の言うように大学に行って見聞を広めて
いずれはそこで、綴さんの元で一緒に。
「おっ、綸の進路も決まったな。」
「待てっ。ちょっと待て。お前冗談はともかくとか言ってなかったか?」
「それはいいだろ。」
「そうよいいのよ。折角万事丸く収まろうとしてたのに。」
「いやまだだ。綴。早く綸を家族にしてやれ。」
「ちゃんと正式に南室綸としてお前の弟に」
「あれ?」
「何よ。」
「いや。綴が綸の戸籍変えて無いのってもしかして」
「察するのはいいけど言わなくてもいいのよ。」
「えっ。じゃあやっぱりっ。」
「やっぱりって何。何なのっ。」
何の話だ?




