102
南室の両親は俺の進路について何も言わない。
俺が「どうしたい」のかを待っているのだろうか。
でも「南室綸」としての仕事は?
綴さんは俺に何かさせたい事はありませんか。
「んー。古着の処分。」
はい?
「今度地区のバザーがあるから手伝って欲しいかな。」
それは構いませんが俺が確認したいのは
「判ってるわよ。冗談よ。」
「そうね。ちゃんとお話しましょう。」
綴さんも、両親も俺が悩んでいるのを判っていた。
何も言わないのは「自分で決める」を求めたから。
「綸はどうしたいの?」
それより南室としてどうすべきかを
「どうもしなくていいわよ。」
どうして。俺に南室の仕事をさせたいから俺を拾ったのでは
「違うわよ。」
橘佳純を守るために同学年で役に立ちそうな誰かとして俺が選ばれた。
「だから違うって。」
同学年である必要はない。
橘家の次女に仕える必要はない。
「そもそも佳純ちゃんが橘家を継ぐって宣言しない限り」
「南室家も小室家も仕える必要はないのよ。」
仮に橘佳純が継いだ場合、現状では南室綴と小室絢が仕えるだけ。
ではどうして。
「アナタがワタシに似ていたからよ。」
それ、だけ?
「ねえ綸。アナタ小さい頃ってどんなだった?」
小さい頃。母親に捨てられるまでの俺は
何処にでもいる「子供」でしかない。
捨てられてからは、他人を傷つけ続けていた。
そして貴女に拾われ
「間が抜けているわ。」
間?
「どうやってワタシに拾われたの?それまで何処にいたの?」
ずっと施設に預けられて
ある日「アナタの母親になります。」と俺を引き取りに
「違う。」
「引き取られた日の事覚えている?」
引き取られた日。
俺は何処にいた。どんな状況だった。
施設で過ごした数年。次のシーンは南室の実家。祖父母の姿。
消えている。
綴さんとの出会いの記憶が消えてしまっている。
「最初から無いのよ。」
小学生のある日、俺はイジメの対象にされていた。
黙ってやられるほどお人好しではない。
細長くてヒョロヒョロだったが
同年代の連中より体力はあった。
俺は3人殺しかけた。
そして俺自身、あの黒い霧に覆われてしまった。
普通の街の出来事。
誰に対処できようか。
俺がヴァンパイアである事実を誰も知らない。
意識無く暴れ、倒れ、病院に担ぎ込まれる。
原因不明の昏倒。
俺が幸運だったのは、運ばれた病院にかつて三原紹実の母、三原縁が訪れていた事。
彼女は施設のアドバイザーとして短い期間ではあるが従事していた。
その知識の豊富さに感銘を受けた現場のベテラン看護師は
遠い地で働く三原縁の話し相手になり
三原縁が何者なのか、故郷の街に残している娘と住民達との話を聞いていた。
どこまで真実なのか疑わしかっただろう。
それでも俺を診たその看護師が三原縁に連絡をしてくれた。
日本を離れていた三原縁は、娘の三原紹実を向かわせる。
「こいつはヴァンパイアだ。私の手には負えない。」
そして橘結の元に運ばれる。
彼女は俺の治療に取り掛かる。
衰弱が酷く、かなり危険な状態だったらしい。
その間に俺の出自が調べられ、
南室綴は
「この子はワタシが引き取る。」
と申し出た。
周囲は揃って反対する(橘結だけは「それがいいかもね。」と納得したらしい)。
治療が終わる。
その時点で俺は既に「南室綸」になっていた。
南室家の実家に預けられた俺は殆どの記憶を忘れていたらしい。
リハビリのように、南室の祖父母は俺の肉体と精神を一から再構築してくれた。
その過程で「事件」以前の記憶は戻るが、「事件」そのものの記憶は抜け落ちたままだ。
「ワタシはね、綸。」
「ワタシのワガママでアナタを拾ったの。犬とか猫とか拾うようにね。」
「だからアナタは何者にも縛られる必要は無い。南室の名前なんて捨てて構わないの。」
どうして。
どうして俺の姉はこんなにも酷いことを言うのだろう。
世界が崩れる音が聞こえる。
涙が溢れるのを堪えなければ。
膝の震えを抑えなければ。
俺はまた何者でも無い誰かになってしまう。
俺はまた捨てられた。
「すぐに決めなくてもイイわよ。ゆっくり考えなさい。」




