001
男は女に「自分はヴァンパイアだ」と告白した。
「だが吸血鬼としての能力を殆ど継ぐことが出来ず、普通の人間として暮らしている。」
女はただの冗談だと思っていた。
一人旅をしている東洋人を少々誂って楽しんでいるだけ。
映画やドラマの中でのみ存在する非現実的な存在。
だが彼女は思い知る。
俺が小学2年生の、とても暑い日だった。
その姿を見た母は恐怖に震え「本当だったなんて」と言い残し俺を捨てた。
その日、俺はこの先ずっと1人で生きて、1人で死ぬのだと理解した。
他に身寄りが無く数年は施設で過ごした。
その後、「南室綴」に拾われた。
彼女はまだ大学生だった。
彼女は俺に新しい氏名を与えた。
「南室 綸」
彼女は俺を家族として迎えるにあたり一つだけ条件を付けた。
「いずれ橘家に仕える。」
橘家の次女。「橘佳純」
本来、男子は女子に仕えない。らしい。
それに今現在、橘家は長女が継いでいる。
「保険のようなものね。」
それが「正式」では無いことを強調していた。
学生の南室綴は俺を彼女の母方の実家(彼女の祖父母)に預けたが
それでも週に何度も俺に会いに来た。
祖父母は穏やかでとてもいい人達だった。
反抗的で粗野で粗雑で粗暴な俺を辛抱強く見守ってくれた。
気付くと俺は自らすすんで礼儀作法や武術を学んでいた。
中学を卒業し、橘家に仕えるためにこの街から離れる事が決まると二人は泣いてくれた。
高校登校初日。
神社で橘佳純を待つ。
彼女は俺に気付き、無表情で無機質な挨拶をする。
無理もない。
橘家での初顔合わせの日から、橘佳純は不機嫌だった。
仕方ない。
神社の娘の従者がよりによって吸血鬼。
気分が良くなる話ではない。
そんな事は俺にも判る。だからあまり近寄らないよう心掛ける。
橘佳純の後ろを数メートル離れて歩く。
途中、橘佳純の友人達が合流する。
宮田 柚
敷島 楓
箱田 佐代
「あれ?今日から綴さんとこの子が一緒とか言ってなかった?」
「後ろにいるよ。」
「なんであんな遠くを歩いているんだ。」
「知らない。」
「知らないって。姫のお付きじゃないのかよ。」
「御付じゃないし。あと姫って止めて。」
「ええーっアタシずっと呼びたかったんだけど。」
俺には宮田柚と橘佳純の会話が聞こえている。
「なにどうしたの。機嫌悪くない?」
敷島楓に言われるまでもない。橘佳純は不機嫌だ。
「あれだよ。魔法使いの王子様がいなくなっちゃったから。」
「あの人は魔女だってば。」
「ひゃーあの人だってよ。聞いたか楓。」
「イヤラシイ。」
入学式。
綴さんから聞いていた通り、「人ならざる者」が多い。
多いとは言ってもただの割合。
小学校(2箇所)と中学校には全校生徒に俺ただ一人。
高校入学式に体育館に集まった新入生+およそ300人の中に十数人。
俺のクラスだけで宮田柚と敷島楓の他に2,3人。
「佐代ちゃんだけ隣になっちゃったね。」
「いいじゃん。アイツ他に友達いないんだから。チャンスかもよ。」
「で、そろそろお付きの人を紹介してくれんかね。お姫様。」
「だから姫って言うなっ。」
「ケチっ」
だがその前に担任が現れ高校生活に関する諸注意事項を話す。
放課後
「あーもう最悪。」
と言いながら箱田佐代が橘佳純の前に現れる。
「なんで私だけなのよ。」
「日頃の行い?」
「それは柚だろ。」
「なんだと。」
「ところで今日はこれからどうするの?」
「あ、私はジム行くからこのまま駅。」
「お前も道場くればイイのに。」
「皆して同じ道場通っても意味無いでしょ。」
箱田佐代は一人校門で別方向へ。
「んでまたお付きは離れて付いて来るのか。」
「あの子名前何だっけ。」
「リン。南室綸君。」
「おーい。綸君。」
敷島楓が俺を呼ぶ。
「私達これから道場行くんだけど君も来るんだろ?」
そのつもりだ。
「だったらそんなストーカーみたいな真似してないで一緒に行こう。」