惨劇の魔王城
玉座の間に降り立つと、変わり果てた部屋の姿に息を飲んだ――。
壁が――真っ赤だ。まるで城内で死闘が繰り広げられた跡のように、真っ赤な血しぶきがあちこちに飛び散っている。
「――これは、いったいどうしたというのだ!」
魔王様が青い顔をされている。二日間の日焼けで、すこし赤くなっているが、まだまだ青い。
「ま、まさか、魔王様と私が留守中を狙い、敵が……勇者一行が攻めてきたのでしょうか」
まさか、ワープできる「虹の井戸」の場所が人間共にバレてしまい、私の留守を狙って大群で攻めてきたのか――。
「グヌヌヌヌ。卑劣な――!」
急いで玉座の間から出ると、廊下や階段にも同じような惨劇の跡があり、ところどころにレベル1のスライムが倒れていた。
スライムが倒れているのか立っているのか……見分けるのが難しいぞ。丸かったりドロッとしたりしているから。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
……まだ息がある。
「うお! デュラハン様! えーと、留守中に……やられました。ガクッ」
そう言って目を閉じる。いや、ガクッて言わないで欲しいぞ。
「大丈夫なのか」
「……。ヒック」
「……?」
目をギュっと閉じている。しゃっくりを我慢している。スライムのおでこを触るが、熱はないようだ。
「命に別状はないようです。どうやら……何者かが毒を飲ませて、目を回しているのでしょう」
「毒じゃと!」
毒で御座います。
「少量では毒となりませぬが、多量に摂取すると場合によっては死に至ります」
……二日酔いとか。
「では、この血のような赤い液体はなんだ! モンスターの血はこんなに赤くないぞよ。青紫色とか緑色が一般的だぞ」
聞きたくない一般論にございます。
「これは――アシトシアニン色素! 要するに、赤ワインでございます!」
「なんだと! 赤ワインだと!」
試しに壁に着いた赤い汚れをペロッと舐めてみる。
「からっ! これはタバスコだ!」
不安が怒りに変わっていくぞ――。
赤ワイン以外にも、トマトやミートソースやデミグラスソース、味噌なんかも飛び散っているぞ――。
魔王城内で、盛大なバカ騒ぎをしていたのが……バレバレだぞ――!
「なんだ、それなら安心したぞよ」
「――安心したぞよではございませんぞよ! この酷い床や壁の汚れは、一体誰が掃除をするのでございますか!」
「……それは……言わなくても……」
――言って欲しいぞ~そこは……。
――掃除はデュラハンの仕事と……。
「あら、もう帰ってきたの?」
片手にワイングラスを手にしてサッキュバスが飲み歩きをしている。文字通りの飲み歩きだ……。足は千鳥足だ……くせが凄い。
間違いなくこのバカ騒ぎの首謀者だ……。
「これはいったいどういうことだ!」
「いやーん。デュラハンたら、お・こ・ら・な・い・で」
頬が色っぽいくらいに赤い。そして服装はいつも以上に淫らだ……。目のやり場に困る。
「お・こ・ら・な・い・で・とゆっくり言ってもダメ!」
必要以上に身体を密着させようと近付いてくるサッキュバスを手で押し返す。私は接近戦には弱いのだ。
……今はいささか潮臭いから近付かないで欲しい。
「やだ、デュラハンったら魚介類臭いわあ……いやらしい。南の島でナニしてきたの」
「バカ者、海藻臭いと訂正せよ!」
臭いなら近づくな――! トロ~ンとした瞳で問題発言するな! 冷や汗が出るから~!
次は魔王様にくっつくサッキュバス。かなり酔っていて質が悪い……。
「せっかくのお休みだから、飲んで食べて騒いでいただけなのよ。ゆるして魔王様あ」
魔王様の額に胸を擦り付けるな――! 反則ですから!
「許してはなりませぬ! 魔王様、そんな色仕掛けに負けてはなりませぬ。魔王様による統制が保てませぬ!」
「ウウウウ」
頑張れ! 魔王様、海パン姿だから頑張らないと大変だ。
魔王様の海パン、ピッチピチのブーメランだから、頑張らないと大変だ!
「デュラハンと二人っきりで南国の楽園へ行ってきたんでしょ。お羨ましい……。いったい、なにをしていたの? わたしも誘って欲しかったのに~」
誘って欲しかった? 正気か? だったらサッキュバスに代わって貰えばよかったか。いや、二人で結託して次期魔王がサッキュバスになるのは口惜しい……。
「す、すまぬ……」
「魔王様が謝る必要はございません」
謝るのなら、この私が謝ります。ごめんなさいって? 謝らないけれどっ!
「だから、ちょっと拗ねて悪戯しただけなの。許して……チュッ」
こらっ!
「魔王様に容易くチューするな!」
唇を魔王様のほっぺから放すと、真っ赤な口紅の跡が残った。まるで南国の空港に下りた旅行客みたいだぞ……。冷や汗が出る。古過ぎて。
魔王様、頬がお緩みになっているぞ……。
「予は寛大だ、許そう。今日は魔王城の日曜日なのだ」
「――! 許すの? え、この騒動をおとがめもなく許しちゃうの?」
サッキュバスのチューなんか、大安売り甚だしいのに……。キス魔だから。
「さすがは魔王様、寛大だわ~」
また抱きしめられている。なんか、納得いかないなあ……。
納得いかないが、理不尽に耐えることこそ……四天王の務めなのだ。
私も成長したものだ……フッ。
「それにしても酷いありさまだ。いったい、何がどうなってこうなったのかぐらいは説明しろ」
片付けるのは私の仕事なのだから。
「赤ワインを城内のモンスターが飲んで騒いだとしても、こうはならないだろう」
こんな惨劇絵図にはならないだろう――。
「ええ。狂乱竜の……餌が空っぽだったのよ。だから足りなくて暴れ回ったの」
「嘘をつくな。狂乱竜の餌ならちゃんと中庭へ出る出口の横に予備も1箱置いておいたはずだ。一日にドッグフードを茶碗に一杯与えれば、そうそう文句を言わないはずだ」
あげるのを忘れても1日くらいは我慢している。
二日になるとさすがに狂ったように暴れ出すのだ……狂乱竜だから。
「ええ。でもお~。もっと欲しそうだから、ちょっと上げちゃった。赤ワインを」
「……ドラゴンに酒を飲ますなよ」
アホ犬のような狂乱竜をさらに酔わせてどうするのだ……。
「コップ一杯で真っ赤になっちゃって、かわいーんだから」
クイっとグラスの赤ワインをまた飲み干すサッキュバス。お前ももう飲むな――金輪際!
「体長50mのクレージードラゴ―ンを酔わせて可愛い呼ばわりすな。気が知れん」
狂乱竜クレージードラゴ―ンは……調子に乗ると口からドロドロのマグマを吐くのだぞ! そして吐いたマグマの匂いを嗅いで、またペロペロ舐めるのだぞ――! 何を考えているのかよく分からん。ドラゴンの名が泣いている。
「よく魔王城が崩れずに済んだのう」
「奇跡的です」
魔王城は耐震強度に問題があるくらい古いのだ。
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