干満差に緩慢さ
「なんか、島が小さくなっておるぞ。それに、お尻の下にまで水が来だした」
波が寄せる度に、座っているところへ海水が押し寄せる。日が暮れるにつれて島全体が小さくなっている。
三六〇度……海。さらには薄暗い。一番星もすでに見つけた。
「はっ! これは満ち潮にございます!」
「満ち潮? なんだそれは! 未知なる怪奇現象か!」
「それに類する現象で御座います。月の引力が海水を引き寄せる現象でございます」
「なんと!」
魔王様はいち早くリュックを担いだ。そんな大事な物は入っていないのに……。もう底は濡れているのに……。
「グヌヌヌヌ。ではあの忌々しい月を予の魔力にて木っ端微塵に葬り去ってくれるわ。……ケイカッド・イザウキツ・イザウケドケド……」
――待って! 滅相もない呪文を詠唱し始めないで――!
「お待ちください魔王様! 月を葬り去るなど、とんでもない御無体! 月を見て変身する狼男や金色のカメレオンの生態系に異変を生じます!」
魔王様は詠唱を中断した。
「――ではどうすればいいのだ! このままでは二人共寝ている間に溺死してしまうぞよ!」
……溺死は嫌だ――! 死んでも嫌だ――! いや、死ぬから嫌なのだが……それでも月を木っ端微塵にしてはいけない気がする。お月見ができなくってしまう。
「私が魔王様を肩車いたします。さすれば、明日の朝まで魔王様は海水には浸かる心配はございませぬ」
「それは名案じゃ!」
ちょっとは……なんかないの? それほどの名案?
魔王様の前に跪くと、当然のように本来私の頭がある部分に魔王様が座る。決して重くはないが、軽くもない。変に柔らかい感触は……気にしないことにする――。
立ち上がると、海水はもう私の膝の高さまで上昇していた。
「本当に大丈夫だろうか」
「万が一の時は、つま先立ちします」
「……」
立って寝るのは……騎士の訓練でお手の元だ。ただ、もし海水が私の顔の位置まで到達してしまったら……。
いや、どうなるのだろう。呼吸しているから……やっぱり溺死してしまうかもしれない。そうなる前に魔王様を起こそう。そうすれば、何らかの魔法でなんとかしてくれるだろう……。魔王様なら空に浮かぶ魔法くらいは使える。
「グー。グー」
「……」
よくこんな状況で眠れるものだと……感心してしまう。さすが魔王様というべきだろうか……大物の中の大物だ……。
枕が変ってもグッスリ寝られるあつかましいタイプだ……。
今日は一日中海で遊んで……お疲れになられたのだろう。
「むにゃむにゃ、もう食べられないよう……」
……魔王様の寝言で目が覚めた。我ながらよく立ったまま眠れたものだ。
「魔王様、お腹が空いていてもその寝言をおっしゃるのですね……」
喋ったつもりが、ポコポコと水の中を空気が心地よい音を立てて上っていく。
――?
目を開けると、朝日に照らされた色とりどりの熱帯魚が目の前を泳いでいる。まるで宝石のようで美しい。水族館でも見たことがない光景に、しばしうっとりとしてしまった。
――いや、うっとりとしている場合じゃないぞ! 水位は頭の上をとっくに超えている。冷や汗が出る。海の中に全身が沈んでしまっている――!
今まで気付かなかったが……やはり私はアンデット系なのか……。ガクッ。せめて、精霊とか妖精の部類だと思っていたのに……。グールやスケルトン達と同じだったなんて……涙が出る。グールやスケルトンに申し訳なくて……。
「魔王様! 御無事ですか! というか、どこですか!」
魔王様は魔力バリアーで……流されることなく頭の上あたりにプカプカと浮かんでいるのを見つけ、ホッとした……。
「魔王様、大丈夫ですか!」
必死に平泳ぎをして水面から顔を出そうとするが、そもそもその行為も無駄なのが悲しい。息継ぎしなくてもいい……本当は……。
金属製の全身鎧が重く、三倍以上の高速平泳ぎしている。いや、手は平泳ぎで足はバタ足をしている。
「むにゃむにゃ、なんだデュラハンよ。せっかく予が気持ちよく眠っているのに……」
よかった……本当に。
「御無事でございましたか。申し訳ございません。想像していた以上に干満差がありました」
「せめて水面から顔だけでも出すがよい。どこにいるのか分からぬ」
「生まれた時から顔はございませぬ」
「そうじゃった。ハーッハッハ」
「ハーッハッハ!」
朝日に照らされ、二人の笑い声が誰もいない海に広がった。
「無人島にも飽きたのう」
御冗談を。
「……私などは、来た時から飽きております」
「……」
ようやく水位が下がり、魔王様も足が地に着いた。日曜日だというのに、朝から魔王様と二人でやることがない。
「ス魔ホゲームでも持ってこればよかったかのう」
「……微妙」
キャンプでス魔ホを触る人が後を絶たないのに……納得できてしまう。
やることない。早く帰りたい。やることない……。
普段はやりもしないクソゲーですら楽しく感じることだろう。
「そうだ、トランプを持って来たのだぞよ」
「アメリカに怒られませんか」
っていうか、ハナッから二人で来る気、満々ではありませぬか~!
「ちょっと言っている意味が分からんぞよ」
魔王様が背負っていたリュックからトランプを出すと、手が滑って水面にトランプがばら撒かれてしまった……。おっちょこちょいだ。可愛く言うと、ドジだ。
「そうだ! 神経衰弱をやるぞよ」
「……この期に及んで、神経までも衰弱させるおつもりですか」
さすが魔王様だ。――鬼だ悪魔だ。
しかも風と波でカードが広がっていく~!
何枚かは見当たらない……。そもそもトランプって何枚だ? とても52枚見当たらない……。
「魔王様、それよりもお腹は大丈夫ですか」
昨日から何も食べていない。私はともかく、魔王様の体調が気に障る……いや、気にかかる。裏返しになって浮かんでいるカードを互いに1枚ずつめくる行為に、何の意味もない。神経が衰弱していく……。
「予は大丈夫だぞ」
急に視線を逸らせ、魔王様はカードをめくった。
「ああ、これがハートの4か。また間違えてしまったなあ……」
なんか……怪しい。トランプのイカサマではなく、お腹が空いていないことに違和感がある。
「ひょっとして魔王様、何か食べましたか」
「ブッ! 食べてなどおらぬぞよ。あーお腹が空いたぞよ」
「……怪しいなあ。ちょっとリュックの中、見せてもらってもいいですか?」
「やだ! ダメだ! 無礼だ!」
必死に隠そうとする魔王様。
「ならば……正直に教えてください。何を食べましたか? 正直に言えば、怒りません。お腹がペコペコでも……怒りに耐えてみせまする」
私は我慢強い方です。魔王様に日夜鍛えられていますゆえ……。
「……スティックパン」
――スティックパン! 袋に何本も細長いパンが入ったやつ~! 「葉巻」とか言いながら遊んで食べられるやつ~!
「一本下さい」
「もうない」
「御冗談を……」
「全部食べた」
「何故ゆえに……」
「お腹空いていたから」
「それは私も同じにございます……」
ひょっとして、「貴様らが飢えても魔王様は飢えぬ――」で御座いますか……。冷や汗が出る。お腹が空いて。
「一本下さい」
「袋ならある」
「見せて下さい……」
「はい。これ」
空っぽになった袋をリュックから出して見せてくれた……。
「何故ゆえに……」
「卿が水の中で寝ていたから……」
「起こしてくださればよかったのに」
「濡れると美味しくないから……」
「湿っていても食べられます。濡れ煎餅も好きです」
お茶漬けのおかきは柔らかくなってから食べる方が好きな派です……。
やはり空腹は戦いを生むのかもしれない……。
白金の剣を抜こうとしたのは……内緒だ。
「ごめんね」
「……いいです。もう慣れています。へっちゃらです」
グーっとお腹が鳴った……。
「よければ……海水、飲んでいいぞよ」
「有難き幸せです……」
しょっぱいぞ……。なんか、いつにも増して、しょっぱいぞ――。
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