祝日の朝
休みの日はゆっくり寝られる……ハズなのに。楽しみ過ぎて早く目が覚めてしまったぞ。
まるで遠足の日みたいだ。時計の針は……深夜の三時を指している。目を閉じてまだ二時間しか経っていないのに……。
こうしてはいられない――。せっかくの休みを満喫しなくてはならない。
――眠ってなんかいられない!
だがしかし! ルーティーンはかかしてはならない。体を有機溶剤を染み込ませたウエスで綺麗に拭き始める。これは毎日の日課で欠かすことなどできない。メンズボディーシートで体を拭くサラリーマンと同じだ。エチケットだ。
フッ、毎日の日課か……。
ひょっとすると、魔王様のお世話が毎日の日課で、それも欠かすことができないというのか――! ――駄目だ! それはそれ、これはこれだ!
……分けて考えないとノイローゼになってまう。「ルーティーン」=「仕事」にしてはならない!
「サーティーン」と「サーティ」を混同してはならない!
いつもの時間。ちょっと玉座の間を覗いてみた。
私達が休みを頂き、その間だけ魔王様が辛い思いをしてはならない。魔王様のために存在する魔族が、自らの要求のために魔王様を困らせては本末転倒だ。
ひょっとして、魔王様がいじけて大理石の床を指でいじいじしていないか不安だったのだが……そうでもなくホッとした。
鼻歌混じりに大き目のリュックになにやら荷物を詰め込んでいる。魔王様お一人様で南の島にバカンスへ行かれるとおっしゃっていたが……どうやら本気だったのか……。にこやかなお顔に安堵する。
魔王様はお優しいお方だ……。来週からはまた気合を入れて職務に専念いたします――。
「おはようございます、魔王様。旅行の準備であれば手伝います」
「おお、デュラハンよ。せっかくの休み、ゆっくり眠っていればよいものを」
「……目が覚めてしまいまして。お恥ずかしい」
朝の三時に起きたとは言えない。本当に恥ずかしい。魔王様をお見送りし、少し昼寝でもしよう……。
そのまま夕方まで寝てしまうのだけは、なんとしても避けなくてはならないが……それもいい~。ヨダレが出そうになる。だらけた生活万歳――。
「で、どちらへ旅行に行かれるのですか」
「フフフ。南国の楽園で一泊二日、のんびりスローライフを満喫してくるのだ」
「それはよろしいですね」
リュックに飯盒やバーベキューコンロを詰め込み、紐をギュっと縛ってさし上げた。はよいけ。
「……」
「……」
いま、一瞬だが誘われかけたのを……視線を逸らして拒否した。首から上は無いのだが……。
「瞬間移動――!」
「いってらっしゃいませ」
魔王様を見送ると大きく伸びをした……。これこそパラダイスだ――!
なんと清々しい気分だ――どこまでも青い空と広がるエメラルドグリーンの水平線――。360度水平線は……やはり南の島ならではだ。他では見ることができないぞ。夏の日差しに冷や汗が出る――。
「ま、魔王様待って下さい! いや、待ってもなにも、なぜ私までもが南の島に?」
「――! デュラハンよ! 卿は休日を満喫するのではなかったのか? どうして予についてきたのだ!」
……。
いや、周囲一メートルよりもしっかり離れていた。瞬間移動の巻き添えを食わないよう、ダッシュで魔王様から離れた筈なのに……。
「仕方ないやつだのう」
ひょっとして……やられた。ガクッ……。
「申し訳……ございません。勝手に……ついてきてしまって」
涙と鼻水が同時に垂れてきそうだぞ……。
首から上が無くてよかった。
――泣いていてもバレないから――。
南国の楽園とおっしゃっていたはずだが……ここは、ザ・無人島。しかも、直径10メートルにも満たない砂浜。
ヤシの木1本生えていない炎天下。
玉座の間よりも狭い。開放的な超閉鎖空間――!
「帰りましょう」
「何を言う。いま、魔王城はせっかくの土日の二連休に入ったばかりだぞよ。何があっても明日の夜までは帰らないのだ。それが卿の願う日曜日なのだろ」
その日曜日に、なぜ私めを入れて下さらないのか……。玉座の間なんて覗くんじゃなかった。
「私だけでも送り返して頂けませんか」
「……」
チワワのような目をしないで――。哀しげな目で見ないで――新種のパワハラですから――!
どうやら……帰らせてくれないようだ……。フフフ……。
はーっとため息をついた。魔王様にも日曜日が必要なのかもしれない。普段から玉座で職務ばかりをこなしていると、たまには息抜きが必要なのだ。
勘違いしていたが、私だけが働いている訳ではないのだ……。
魔王様がローブを脱ぐと、下には海水パンツを既に穿かれていた……。ビーチを満喫する気満々なのが伝わってくる。こんなことなら、私も海水パンツを持ってこればよかったぞ。鎧の上には穿き難いのだが……。
「デュラハンよ、サンオイルを塗ってくれ」
「はっ! ……はあ?」
気は確かか。手渡された茶色いボトルに入ったサンオイル……。どこで買ったんだろう。魔コンビニか?
仕方がないから塗るけれど……ガントレットで塗るサンオイルって……塗られる方はどんな気持ちなのだろうか……。痛くないだろうか……。
ヌリヌリ、ヌリヌリ……。
「ヒャッ、冷たくて気持ちいいぞよ」
「……喜んで頂けて光栄です」
ヌリヌリ、ヌリヌリ……。
「ヒャッヒャッヒャ! こそばいぞよ」
「奇妙なお声を上げないでください」
魔王様の日焼けを知らない美しい……青紫の肌。なんだろう、炎天下で頭がおかしくなりそうだぞ……。こんなところにホクロがあったのか……。
いったい何をやらされているのだろう……。
「予がデュラハンにも塗ってやろう」
「はい」
うつ伏せになる。サンオイルのボトルは殆ど空になっているから、残りだけでも塗ってもらえるなら光栄だ。
私は金属製全身鎧のモンスターなのだが、敏感肌なのだ……。できれば日焼けもしたくない。
「あっつ、金属がアッチンチンじゃ! 熱くて触れん!」
「……申し訳ございません」
炎天下なので……仕方がございません。自分で塗りますから、およこし下さい。
「そろそろお腹が空いたのう」
まだオイル塗っただけですが……朝ごはんを食べてこなかったのだから当然だ。
バーベキューコンロが魔王様の持って来たリュックから頭を出している。
「して、食材は?」
炎天下だから早めに使わないと腐ってしまいます。クーラーボックスのような気の利いた物は見当たらない。
「現地調達だ」
「想像していた通りでございます」
仕方なく海に浸かった。
「おお! ぬるいぞよ! 深夜0時前に入る風呂の湯くらいの適温だぞよ!」
「……適温の表現が微妙でございます」
せめて魔王様が入るときくらいお湯を足して頂きたい。魔王城の男湯が……安っぽい民宿のように思われてしまうから……。
全身鎧姿の私は、海パンを穿かずに海に浸かるのに物凄く抵抗があるのだが……あまり魔王様はお気にされていない……。近くに誰もいないからいいのだろう。
あ、本当にぬるい……。
「お刺身が泳いでいないかなあ……」
「お刺身は泳ぎませぬ」
たい焼きなら泳いでいるかもしれませぬ。冷や汗が出る。古過ぎて。
魚を捕るのなら、水に潜って目を空けなくてはならない。海の中で目を開けるのは……嫌だなあ……。海水が目に沁みそうで……。
「顔ないやん」
「――!」
そうだった……取り越し苦労だった……。
こんな砂浜では……食べられそうな大きな魚やカニや貝などは見つからない。ガントレットでは小さい魚すら上手く捕まえられない。滅茶苦茶すばしっこいぞ――! 陸の上ではピチピチと跳ねることしかできないくせに――!
「あー。お腹空いた。魔王様、いつぞやのお腹を一杯にする魔法をお使いください」
お腹が空いてくるとだんだんイライラしてしまう。それは魔王様とて同じのはず。
すべての生物は共通して空腹時にはイライラするのだ――。太古からの遺伝子がそうさせているのだ――!
「駄目だ。あれは禁呪文、いわばチート魔法なのだ」
……だったら最初から作るなと説教したいぞ。
「それに、あれは世界中のすべての生き物が対象で、自分だけや二人だけを対象にかけられないのだ。エッヘン!」
飛んだ無駄禁呪文作っておいて、エッヘンってなに――!
「それよりも、炭を忘れてしまったぞよ」
「……御冗談を」
炭よりまずは食材の心配をして欲しい……。火ぐらいは魔王様の魔法でどうにでもできるだろう……。それよりも、もっとマシな魔法は使えないのだろうか。豚や牛やブロイラーを召喚する魔法とか、手から小麦粉や麦藁の一味が出る魔法とか……水とか……。
――はっ! 水が出る魔法――!
「魔王様、飲み水がございません!」
水を持って来なかったことに冷や汗が出る。なんという計画性の無さ……。やっぱり早く帰りましょう。
「水は出せぬが氷は出せるぞよ」
魔王様が手を差し出し短い呪文を唱えると、何の味もないシャーベットが勢いよく顔面に吹き付けてくる。
「ブオッ! ……かろうじて、死なずにはすみそうです。もうおやめください。プペッ!」
息ができないからやめて欲しい。魔王様の両手から出る氷をガントレットで受け止め、必死にそれを舐めた。
もっと食べやすい氷は出せないのだろうか。……私には顔が無いことを……一瞬忘れていたぞ。
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