魔王様、日曜日をください
「なぜだ――」
魔王様が玉座から身を乗り出して問い掛ける。
玉座の間には初夏の日差しが窓から容赦なく射し室内が薄暗い錯覚を覚える。大理石は朝の冷たさを保ち、部屋の中はひんやりとしているが、昼を過ぎた頃から熱を帯びてくるのは致し方ない。
魔王様はゆっくりと右手を差し出した。
「……」
覚悟は決めている。叱責されるのもやむを得ない。
「月、火、水、木、金、土、日! ちゃんと日曜日があるではないか。くださいも何も、日曜日があるのに予はどうやって日曜日を与えればよいと申すのだ」
指を一本一本倒して月火水木金土日と言わなくても一週間が七日なのはご存知の筈だが……。
「そういう意味の日曜日ではございません」
「ではどういう意味の日曜日だ」
さらに玉座から身を乗り出し、もう殆ど立っている。かろうじてまだ座っている。お尻がわずかについてる。
「卿だけが、月火水木金土日日の週八日にせよと申すのか? カレンダー屋さんが頭を抱えるぞよ。『四天王だけ特注なんて無理ッス』と言いよるぞ」
「ですから、世間一般の日曜日を頂きたいのでございます」
「世間一般の日曜日? ちょっと意味不明だぞ」
首を斜め四五度に傾けないでいただきたい。
おーよそ私の言いたいことが分かっている筈なのに……魔王様もお人が悪い。さすがは魔王様と称賛すべきなのだろうか。……じれったい。
「魔王様は土曜と日曜は休日として過ごしておられます」
自由奔放に好き勝手なことばかりされておられます――。とまでは言えない。
「ですが、魔王様の身の回りの世話をする私や魔王城内で働く者にとっては、土曜も日曜も普段と変わらず職務を継続しております。なので、その者達には日曜日がございませぬ」
一週間に一日くらい、自分の好き勝手にできる時間、すなわち、日曜日を与えて欲しいのです――!
――私にも!
「専業主婦のようなことを言いよる」
……。
「魔王様、今の一言で魔王様は確実に世の専業主婦全員を敵に回しました――」
「なんだと! 全員だと?」
はい、全員にございます。百パーセントです。
「街を歩けば、『専業主婦Aが現れた! 専業主婦Bが現れた! 専業主婦Cが現れた!』でございますぞ」
「こ、怖いぞよ!」
怖いかどうかは……戦ってみないと分からないかもしれませぬが、たぶん魔王様は負けるだろう。
「さらには、『専業主婦Dは仲間を呼んだ! 専業主婦Eが現れた! 専業主婦Eはこちらが身構える前に襲ってきた!』ですぞ」
「――先制攻撃! アワワワワ」
口に人差し指から小指までをくわえて事の重大さに怯える魔王様……。
「アワワワワではございません。専業主婦に取り囲まれて袋叩きにされても私にはどうすることもできませぬ。魔王様も発言には責任を持っていただきたい」
――フッ。そしてこの私、宵闇のデュラハンこそが新たな魔王に相応しいと、老若男女を問わず大勢の票を集めるのです。そして、日曜日は家事も休める制度を広めるのでございます。学校の部活動や大会も平日に行うのです。
「予はどうすればよいというのじゃ! さっきの話はなかったことにできぬのか? カットして……」
カットって……テレビの収録じゃあるまいし。
「難しいなあ……。いや、待てよ。ああー、方法が無くはございません。魔王様がすべての者に対し、日頃の感謝の気持ちを表し、身も心もリフレッシュできる日曜日を与えることができれば……先程の失言は消えましょう」
災い転じて福となす作戦でございます。
「予が身も心もリフレッシュできる日曜日を与えればよいのか」
顎のあたりを触る仕草をするのが、お羨ましい。
「さようでございます。何も難しいことではございませぬ」
魔王様の場合、特に何もせず玉座に座り、ご飯は三食とも魔コンビニで買ってくるか、インスタント、もしくはレトルトカレーで済ませて頂ければ良いだけで御座います。御飯は冷や飯があります。900Wで40秒チンすればいいだけです。なーんにも難しいことなどありませぬ――。それだけで魔王城内大勢の者が日曜日にゆっくりできるのでございます。
日曜日が頂けるのでございます――!
「そうか。ならば土日を利用し、予がどこかへ旅行をしてきても良いのだな」
「それも名案かと」
土日の二日間も魔王様が城を空けてくだされば……連休だ! 好き勝手なことがタップリできる――!
魔王様の要らなくなった玩具や着られなくなったローブの処分や後片付け、さらには冬用のシーツから夏用のシーツに交換したり、かび臭いローブの洗濯などなど……。
溜まっていた仕事が一気に片付く――!
「って! それじゃ日曜日にならないじゃん!」
思わず大声を上げてしまい、魔王様を驚かせてしまった。
「申し訳ございません。つい興奮してしまいました」
「……よ、よいぞよ。卿の日曜日に掛ける思いが手に取るように伝わってきたぞよ」
やはり魔王様は寛大なお方だ……。
魔王様は玉座から立ち上がられた。
「予は多くのモンスターに支えられておる。予が魔王としてここでこうしていられるのも、ひとえにその者達の見えない支えのおかげであったのだ」
「はっ! ありがたきお言葉!」
「その者達が……休みが欲しいと言えないまでにも激務に追いやっていたのは予としても恥ずべきところ。デュラハンよ、よく言ってくれた。感謝しておるぞよ」
涙が出そうになる……。鼻水も……。出ないけれど。
「勿体ないお言葉でございます! 魔王様のために働いておる者は、私以外にも大勢おります。その者達すべてに今の言葉を伝えたいと思います――」
「うむ! そして、今週の土曜日曜の二日間、予は魔王城を出る。魔王城内のすべての施設を祝日とすることを許可する――」
「ありがたき幸せにございます――!」
「儲けのために働きますと言う者は……自由に働くことを許可する――」
「ありがたき幸せにございます――!」
理髪店や喫茶店は書き入れ時だからなあ……。無理に休めと言われる方が辛いだろう。
魔王様がチラッとこちらを見る。
「これで専業主婦も味方してくれるかなあ……」
「もうひと声にございます」
小さく囁いた。
「予も、洗濯物の取り込みや、米を洗うのを手伝おうではないか!」
「……ははー!」
手伝うと言わずに「やる」と言って頂きたい! 洗濯もして欲しいが無洗米は洗わなくてもいい――!
とくに、土砂降りの夕立で水浸しになる洗濯物だけは、決して放置プレイしてはならない――! 「干してあったのに気付かなかった」などと言い訳してはならない――。
「この世には、「やって当たり前」などという仕事は無いのでございます。すべての者の労働や行いに感謝することが大切なのでございます――」
「……デュラハンよ、よもや予の人気を全てかっさらおうとはしておるまいな」
おーるまいてぃ! 冷や汗が出る。
「忘れるでないぞ。予が主人公なのだぞよ」
「――? はっ!」
……いや、どう読んでも魔王様ではないだろう……。とは、怖くて言えなかった……。冷や汗が出る。
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