Act・1
とりあえず僕は服を着ることにした。
そして……床に正座した。
いや、正座させられた方が正しい。
正直、意味が分からない。
この家は僕が家主である。
だけど、彼女はベッドに座り、足を組んで、腕を胸元で組みながら正座する僕を睨みつけるように見下ろしている。
どっちが家主か分からない状況だ。
「っで?私の柔肌を盗み見したんだから、それ相応のことはしてもらわないと割に合わないわよ?」
何故か、完全に僕は加害者側になっている。
冷静に考えればおかしな事には直ぐに気付く。
「えっと、俺は加害者な立場なわけ……ですね」
眉間に皺を寄せながら睨みつけられ僕は自分で加害者の立場を甘受する事になった。
…しょうがないだろ、怖いんだから。
脳裏に浮かぶ不条理と理不尽に溜息をつきながらも、取りあえず彼女が何故、ここにいるのかを知るのを優先することにしたんだ。
「それで、どちら様なんでしょうか?」
もう、こうなったらとことん下手に出てやる。
僕の敬語に眉間の皺と警戒心が和らいでいくのが手に取るように分かった。
「あぁ…私は女神よ」
当たり前のように自分が女神であると言い放つ。
普通なら「はぁ~?」なんて言うんだけれども僕の返答は……。
「ですよね…」
だったんだ。
だってね……彼女の背中に羽が生えてるもの。
真っ白な羽が彼女の背中で閉じられており時折、日の光に反射して輝いてる。
これで慈愛に満ちた瞳でもしていたら僕は涙を流したかもしれない。
けど、現実は……ねぇ。
うすうす思ってたんだけど……女神だったかぁぐらいの感覚しかない。
だって女神らしさの欠片もないよ?
僕の中の女神のイメージがガタ落ちだよ。
いや、語弊があるかな。
容姿は確かに想像通りの女神様、ただ、残念なことに内面が………ねぇ?
僕を見下ろす瞳に慈愛の二文字なんて微塵も見受けられないし、口調もキツい、ホントに女神かな?
って、疑問に想いながら僕は彼女を見つめる。
「それで女神様は何で僕の家を不法占拠……いえ、いらっしゃったんですかね?」
不法占拠って言葉に長い眉毛がピクリと反応して僕は機嫌を損ねないように慌てて言い直す。
「…追い出されたの」
そっぽを向きながらボソリと呟いた。
「えっ?」
僕は思わず聞き返す。
「だ、か、ら!神界を追い出されたの!」
彼女の感情に呼応するかのように背中の翼が部屋いっぱいに広がる。
なんだろう……厄介事の匂いがプンプンする。
「えっとぉ、つまり、どういうこと?」
バサバサと彼女の感情に合わせ動く翼を鬱陶しく感じながら僕は尋ねた。
まぁ、当然の疑問だよね。
女神って言うぐらいだから神さまだ。それが追い出されたってかなり問題がある気がする。
堕天使って言葉があるけど堕女神って……なんか響きが駄目な女神って感じだよね。
「ちょっと何人か転生先を間違えて送っちゃっただけじゃない。魔王になるか勇者になるかの違いじゃないの!全くどっちでもいいじゃないのよ、ねぇ?」
いや、ねぇって言われても……。
当人達にとっちゃ死活問題な気がするんだけど、討伐するはずの人が討伐される側になるって……そりゃあ、追い出されもするよ。
僕のあきれ顔にも気付かずベッドの上で地団駄する彼女の愚痴が止まらない。
「だいたい頭が固いのよ!最近のラノベなんて魔王が主役の方が多いってのに!やれ、我々は神族だ、世界の調停者だなんて言っちゃってさ!」
これは聞いてて良い話なんだろうか?
ってか、女神もラノベ…読むんだねぇ。
どうでも良いことをしみじみと思いながら僕は彼女を見つめ、どうしたらいいんだろうと考える。
まぁ、本人に聞くのが一番なわけで…。
「っで、どうしたいんですか?」
地団駄を踏んでいた足がピタリと止まる。
訝しげな瞳でこちらを見つめてくる。
「私を養いなさい」
予想外の更に斜め上をいく発言に僕は何度も瞬きを繰り返して彼女を見つめたんだ。
「…えっと、養うとは?」
まぁ、当然の質問だと思ったんだけど…。
「女神を養うのは当然でしょ?」
更に斜め上をいく発言を彼女が口走る。
あぁ、駄女神だ…。
僕は確信した。
彼女は駄女神だ、間違いなく僕の生活を脅かす厄害でしかない存在だ。
そうして、僕は女神を養うことになったんだ。