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小説置き場  作者: たま
創作居酒屋『entreprise noire (アントルプリーズノワール)』
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創作居酒屋『entreprise noire (アントルプリーズノワール)』

--終業後のとあるオフィス--


 薄暗く静まり返った広々とした室内にパーテーションで区切られた個室から微かにキーボードに触れる音が聞こえる。


 就業時間が過ぎると経費削減とばかりに照明は落とされるが各個室ではディスプレィの明かりが所々で哀しげに闇を照らしており幾人かが残っているようだ。


 微かに感じる熱が人の存在を教えてはいるものの、彼等からは生気をまるで感じられない。


 ただ無言で作業に打ち込んでいる。


 薄暗い室内が原因なのか、はたまた居残った者達が息を殺しているのかはわからないが微かに聞こえる無機質なカチャカチャとキーボードに触れる音だけが人の存在を証明していた。 


 そんな陰湿な雰囲気の中で梶山明(かじやまあきら)は他の者達と同じように黙々と作業を行っていた。


 時間の感覚は既になく、今日が何日で何曜日かすら朧気でしか分からない状況であった。


 ただ、今の彼はいつも以上に集中していた。


 なぜなら--。


 あと少し、あと少しで……。


 心の中で何度も呟きながら確認作業に没頭する。


 そして、時は流れ二時間後。


 午後七時、彼の苦行(サービス残業)はようやく終わりを告げた。


○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 僕は何度もディスプレイの資料を確認し不備がないことをチェックすると上司の元へとメールを送る。


 送信完了の通知が表示されたの確認した僕は小さく安堵のため息を洩らしながら視線をディスプレイから天井へと向ける。


「終わったぁ…」


 目の前のディスプレイの電源を落とし、背もたれに体重を預けると年期の入った椅子からギシギシと微かな不満の声が聞こえてくる。


 けれど、それを無視して更に体重を傾けて大きく背筋を伸ばす。同じ姿勢での長時間の作業は体重を預けた椅子から発せられた不快音と同じような軋み音が体から聞こえてきそうだ。微かに節々が悲鳴を上げている気がする。


 そのじんわりとした痛みに否応なしに年を取った事を教えられ、思わず眉間に微かな皺を寄せてしまう。


 けれども今の僕はそれ以上に込み上げてくる感情に思わず口元がにやけてしまう。やっと…やっとだ。


 まともに帰る事すら出来ずに会社の仮眠室の主と化しながらやり続けた仕事が漸く一段落ついたのだ。


 その感情はとてもじゃないけど言葉で言い表すことができない。けど、あえて近い言葉を持ってくるなら充足感…かな。このやり遂げた感が堪らない。


「ほとんど、病気だな(社畜)…」 


 その沸き上がる感情に苦笑いを禁じ得ない。


 今の職場に勤めてもうすぐ十年になる。


 最初はあまりの過酷さに逃げ出したくなったけれど気がつけば、やり遂げた瞬間の充足感の虜になってしまっている自分がいる。


 いわゆる社畜の感性ってやつだ。


 こうなったら、もう戻れない。


 どれだけ過程がキツくても、やり遂げた充足感が更に過酷な環境へと歩き始めようとしてしまう。


 まさに麻薬と一緒だ。


 辞めたいけど辞めれない。


 漢字が違うって?いいんだよ…これで合ってる。


 内ポケットに入ってる辞表は今ので四枚目、一度目は上司に笑顔でシュレッダーに投入され、二度目は目の前で破られ、三度目は受け取ってくれさえしない。


 そして、何時も決まり文句の一言…。


「今の仕事が片付いたら話をしよう」


 それを信じて頑張れば終わりかけに新たな仕事が追加され、終わらない仕事が脈々と続いていく現状…でもね。今回はゲットしたんだよ!


 えっ?何がって?


 ふふふふっ、ひゃひゃひゃ、わっひゃゃゃあ~。


 それはね、お休みだよ!


 丸一日、明日はお休みをもらえたんだよ!


 分かるかい?丸一日だよ?スゴくない?


 えっ……普通なの?


 えっ?カレンダーの赤い数字って世間一般はお休みなの?えっ、本当に?


 あれっ……もしかして僕って不憫なの?


 何だか知らなくても良い現実を知った気分…。


 徐に壁に掛かった時計に視線を向けると定時を少し過ぎたぐらいでちょっと驚いてしまう。


 こんな早い時間に仕事が終わるなんて思っていなかったから。周囲に視線を向けるとまだかなりの人が残ってる…けど、悪いな。


 今日は帰る!誰が何と言おうと帰るんだ!


 そりゃあ、残業している同僚たちを残して帰るのは若干、気は引けるよ?でもさ、いいじゃないか?


 だって、明日は一ヶ月ぶりの休みなんだから。


 こうしちゃいられない。


 僕は気合いを入れ直しデスク回りを片付けて、必要な物を鞄に無理矢理押し込めると逸る気持ちを押さえながら忍び足でオフィスを後にする。


 ピッ!


 社員証を機械に読み込ませた瞬間。


「------!?」


 ガタッ、ガタガタッ。


 その音を聴いた亡者達(残業者達)が過敏に反応する。


 気のせいか背後から怨嗟の視線が向けられているような気がする……けど、許してくれ同士達(社畜)よ。僕は…僕は…休みたいんだぁー。


 粘着質な視線を振り切るように会社を飛び出した僕の視界に飛び込んできたのは------まさしく自由。


 鮮やかな彩りが重なりあう街明かりが爛々と輝いており、まるで宝石箱のようで……あれっ?おかしいな、なんで涙なんか…。


 ははっ、きっと気のせいさ。哀しくなんかないやい。だって今の僕は自由なんだから!

  

 久しぶりの早上がり……えっ、どこがって?僕にとってはこの時間は早上がりなんです。


 それはいいとして………どうしよう。


 休みは嬉しいけど何をしよう…。


 いつもは帰ってシャワーを浴びて、ぼんやりとテレビを見ながらコンビニ弁当を食べて就寝のローテーションだから休みの過ごし方がわからない。


 これは、由々しき問題。


 何せ、一ヶ月ぶりの休みだから楽しみたい。


 けど、何をすれば……。


 グゥーーー。


「まずは飯だな…」


 明日は休みだし、たまには外食でもするか……。


 このときの僕は明日の休みに浮かれていて、あんな奇妙な体験をするなんて思わなかった…。



 



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