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「ビリヅ君、起きたまえ。今日から修行を行うぞ」
ニボユボの声に目を開けると、白い道着を着たニボユボと、その隣りには、彼の長女ズナクがいて、ニボユボにピッタリとくっついている。布団の傍らには、折り畳んだ道着が置いてあった。
「これに着替えたら、道場に来なさい。すぐに始めるぞ」
ビリヅが着替えて道場に入ると、すでにニボユボはあぐらのような姿勢で中央に座り、目を閉じている。ただ、その横に同じようにしてズナクも座っていた。
ビリヅが近づくと、目を開けたニボユボが、
「ズナク、お母ちゃんのところに行きなさい」
と叫んだが、ズナクは動こうとしない。ニボユボは仕方なく、
「じゃ、静かにしてろ。ビリヅ君、君はこちらに座りなさい」
ということで、ニボユボを真ん中にして3人は並んで座った。
「目を閉じたら、最初は数を数えなさい。雑念を捨て、他の何物でもない。数だけに意識を集中するんだ」
「1、2、3、4・・・5」
ビリヅが一心に数を数えていると、ズナクの声が聞こえてきた。
「5・・・7」
ズナクは、まだ幼稚園の年少さんくらいか。数えられない。
「1、2、3、4・・・5」
また最初から数え直した。ニボユボは何も言わない。
「5・・・7、10」
ビリヅは気になって、集中できない。すると、
「お前はお母ちゃんのところに行きなさい!」
ニボユボの怒りの大声が道場に響いた。
「さあ、ビリヅ君、続けなさい」
ニボユボは、そう言うと、再び目を閉じた。ビリヅは、目を真っ赤にして、半泣きで道場を後にするズナクの姿を目で追った後、再び目を閉じて、数を数え始めた。
百を超えたくらいから、それまで聞こえていた周囲の音が消え、頭はビリヅ自身が発する数字だけの世界になった。すると、
「集中できたかな。では私の念を送ろう。白い点が見えないか」
と突然、ニボユボの声が聞こえ、ビリヅは目を閉じた暗闇の世界に、白い点を探し始めた。そして、それらしいものを見つけた時、
「ベベベベ、ベテ!何をする?」
ニボユボの、ただならぬ声で、ビリヅが目を開けて、横を見ると、目に入ったのは、右手でニボユボの胸ぐらをつかみ、左手に包丁のような刃物を手にし、鬼のような形相したベテだった。
「お前は、たまに帰って来て、子供の面倒も見られんのか」
「わ、悪かった。か、彼と、あ、朝の修行を」
一瞬、ベテの目がビリヅに向けられ、ビリヅの背筋が凍ったが、それよりもビリヅが驚いたのは、ベテの背後に丸い黒い影が浮かんでいたことだ。それは、昨日、ニボユボの体から飛び出した黒い影と同じものに見えた。
「ビリヅ君、逃げるぞ。こうなると、こいつは収拾がつかん」
ニボユボと共に、ビリヅも外に飛び出した。
「困ったな。こりゃ当面、帰れない。どうする?」
早歩きで家から離れるニボユボに聞かれ、ビリヅは答えた。
「シスターがいるテゴタワという地名くらいしか、知らないよ」
「女か・・・。よし、そこに行くぞ」