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「お父ちゃん、帰って来たの?」
建物の入口でニボユポとビリヅが中を覗いていると、いきなり後ろから声をかけられた。見れば、小さな女の子が立っていた。
「おお、ズナクか。これ、うちの長女だ」
すると、中の女がニボユボの声に気づき、こちらに歩いて来た。
ガタガタと入口の戸を開けると、女は、
「あんた!」
と大きな声を出し、ビリヅも一瞬、その声に震えたが、
「帰って来てるなら、入ればいいのに。何してるの」
その後の声は、聞き取れないくらいに小さかった。
「ベテ、彼はビリヅ君。転生者なんだ」
ニボユボがビリヅを紹介したが、その女、ベテの反応はない。
「どうだ、商売は?薬は少しは売れたか?」
「安いものしか売れんね。みんなお金ないよ」
元の場所に戻ったベテは、沈んだ声で、そう答えた。
ニボユボは、それを聞くと、ズボンのポケットに手を入れた。
「そうか。でも金ならあるぞ、ほら」
ポケットから出したのは札束だった。ビリヅが見たことのないお札だったが、数十枚の束で、ニボユボはそれをベテに渡した。
「なら、何か、おいしいもの買って来るね。ズナク、行くよ」
ベテはお金を手にすると、お腹と背中に赤ちゃんを抱えたまま、入口に立っていた女の子の手を引いて、外に出て行った。
「さあさあ、ビリヅ君、入ってくれ。君に見てほしいんだ」
ニボユボに招かれ、ビリヅが進むと、店の奥は畳敷きの道場のような造りになっていて、その真ん中にニボユボは腰を下ろした。
「まあ、ちょっと見ててくれ」
ニボユボはそう言うと、あぐらのような姿勢で座ったまま、両手を胸の前で合わせ、目をつぶった。そして、しばらくの静寂の後、今度は呪文のようなものを唱え始めた。
ビリヅはニボユボが何を言っているのか聞き取ろうとしたが、意味は分からない、すると、だんたんとニボユボの声が大きくなり、体が上下に震え始めた。
空中浮遊?ビリヅは以前、どこかで見た、そんな情景を思い出した。ところが途端、ニボユボの体が浮くのではなく、彼の身体から小さな黒い影が現れ、それが勢いよく空中に飛び出して行った。
そして再び静寂を経た後、ニボユボはパッと目を見開いた。
「どうだ、今の見えたか?」
ニボユボに聞かれ、ビリヅは即座に答えた。
「何、今の?すごいよ。あの黒い影は、何?」
するとニボユボは不思議そうな顔をした。
「黒い?白じゃないの?俺の中では、周り一面が白い光に包まれ、それが弾けるイメージなんだが」
ビリヅも不思議に思ったが興奮は収まらない。
「僕には黒く見えたけど、いずれにしろ、すごいよ」
「これが解脱さ。俺が教えれば、君にもできるよ」
ビリヅがニボユボへの弟子入りを決意した時、ベテと子供たちが帰って来て、そのまま夕飯となった。メニューは肉がいっぱいの、すき焼きだった。お腹がいっぱいになったビリヅは、道場の隣りの畳敷きの部屋で、1人で休むことになった。横になると疲れが出たのか、ビリヅはすぐに寝てしまった。