91 平等な国
「俺はかつて、おまえがほざいたような平等な国を作り上げた……。そこには身分制も奴隷もなく、国の運営者は平等を理想に掲げる人間たちだった。まさに平等を求めるものにとって理想の国。俺はその国で弱者にされ、虐げられる人々など出ないと確信していた」
先ほどの怒号が嘘のように、落ち着いた魔王の声。
そこだけ切り取れば、思い出を語っているだけとしか聞こえなかっただろうが、先ほどの応酬を目撃してきた俺にはその声がひどく恨みがましく聞こえた。
奴の声音に反応するように、骨を軋ませるような音を立てているリザードマンがその証明だ。
魔王の苛立ちが糸に現れているのだろう。
「だがそれは間違いだった……。本来ならばすべてのものが幸せになれたはずだったのに……。国民たちは制度がなくなって明確な弱者が消えると、まるで平等で得る幸せを否定するように自分たちの中から弱者を作り、虐げ始めるようになった」
魔王は何かをごまかすようにニヤケ面を浮かべる。先ほどまでのものとは違い、その笑みは引きつっていた。
「元貴族を解放奴隷が笑ってひきずりまわしていた。すぐ近くに苦悶に歪む顔があるというのに、実に幸せそうだったよそいつは……。だが俺が求めたものはこんなのじゃない! 俺の求めた平等は、ただ幸せを等しく分かつものだった! 俺の救いたかった弱者が、強者だったものを弱者に仕立て上げ、死に目に会わせることなど望んではいない!」
ニヤケ面は途中でほどけて、憤怒の表情にまた戻った。平坦な声は怨嗟に変わっていた。
「俺は何度も手をこまねいて、平等にするための制度、罰、みせしめをした!
だが何も変わらなかった。弱者を消したとしても、また弱者は作り出され続けた……」
その声音にはこの男が二十年の間に味わった苦しみが現れていた。
「どうしてそこまで追い詰められていたというのに、何も言わなかった?」
憎悪に顔を歪める魔王に向けて、ホットが疑問を投げつける。
「ふっ。平等の理想を共にした同士ですら、『平等など存在しない』と吐き捨てるというのに、欲望のままに生きるお前に何ができるというのだ」
鼻で笑うとギラギラとした眼差しで魔王は英雄を睨みつけた。その目は人を呪い殺せそうなほどの怨念を宿している。
「……できることなら腐るほどあるだろうが」
その瞳を真っ向から見つめ返し、英雄は心底馬鹿にしたような嘲た声を出した。
「何を根拠に……!」
魔王がいら立ったように英雄に問い返そうとすると、それを遮るように英雄は言葉を紡いだ。
「俺なら力づくでお前を止めることもできたし、娯楽漬けにしてくだらん夢を忘れさせることができた。同じ夢を求めると嘯いた挙句、無責任にお前に全部放り投げる奴らよりずいぶんましなことがな」
ホットは睨みつけるような目で、ぶっきらぼうにそう言った。
その様から奴が本当に怒っていることが分かった。
それを聞くと、魔王は虚を突かれたような顔をした。
「今だってそうだ。お前が非道を見たことも、夢が破れたことも忘れさせてやる。もう一度俺と共にこい! 俺はお前を見捨てない!」
英雄がそう言葉を突きつけると、何かに耐えかねったように魔王は膝をついた。
「チクショウ……」
奴がそうつぶやくとリザードマンたちに括りつけられた糸は消えた。




