90 説得
「茶番か……。確かにお前にはそうだな、コールド。だが俺はふざけてやってるわけじゃないぞ」
魔王はそういうとリザードマンたちの背中に糸が伸びた。
リザードマンたちはまるで糸に吊るされた人形のようにぐったりとする。
それを見て、奴らが魔王の手中におかれたことを把握した。
状況は優勢から一気に五分に戻る。
……あの糸が厄介だ。あれがあるせいで味方がすぐに人質に変えられる。
しかも、魔法ではないようだから対処法の見当がつかない。
「実現できなかった夢の腹いせにそこまで本気になるか。お人好しだったお前も二十年でだいぶましになったらしいな」
ホットが皮肉ると、魔王は三日月に割っていた口を真一文字にした。
軽薄な顔から冷酷な顔に変わる。
この男のどの顔にも、ホットが言ったようなお人好しというイメージはわかない。
「交渉してきた時といい、今といい、おまえは二十年前と何も変わっていないようだ。今回は魔王になった俺から、金と魔道具を踏んだくりに来たというところか」
魔王は冷めた目でホットに向けるとそう言葉を投げかける。
それを聞いても、英雄は冷めついたような表情のままだ。
先ほどまで、魔王が殺されないように駆けずりまわっていたのが嘘のようだ。
魔王と視線を交えながらこいつは何を考えているのだろうか。
「魔王になったお前からふんだくるものなんかないだろ。お前はもう何も持っていないのに……」
ホットはそういうと大きくため息を吐いて、つづけた。
「まだ間に合う。国民たちの虐殺をやめ、兵士を受け入れるようにと言え。それでこの国を亡ぼそうとしたことはチャラにしてやる」
「ホット殿、それは……」
英雄の言葉にレッドが何か言おうとしたが、ホットが視線を送ると口をつぐんだ。
今のホットの目にはレッドを抑制するような何かがあったらしい。
納得がいかないが、英雄に任せるといった感じで、レッドは眉間にしわを寄せて、静観する姿勢になる。
「その言葉を受け入れることはできない。俺はあの国を亡ぼすと決めている」
「貴様……」
「……」
魔王はホットの懐柔の言葉を聞き入れずに、そっけなくそういった。
その言葉聞き、レッドが我慢の限界のように踏み出そうとすると、操られた部下に取り押さえられた。
ホットは魔王を睨みつけるようにすると口を開く。
「なんで亡ぼす必要がある?」
魔王は睨みつける視線を真っ向から受けても動じず、無表情のまま口を開いた。
「あの国の国民は、俺の国の民と同じだからだ。弱い誰かの犠牲を強いることしか考えていない。今の俺にはそれが存在するというだけで耐えきれない……」
ひどく自分勝手な理由だったが、魔王の顔に浮かぶ痛苦に歪む表情を見るとどうにも哀れに思えた。
「お前らこそ、あの国をどうして存続させる理由がある? 弱者を見いだして、すぐに殺すような国民どもに生きる価値があるというのか?」
魔王はこちらに国を存続させる理由を尋ねてきた。
「ふざけるな! 貴様が弱者を殺すように仕組んだというのに……。それがなければ、ドラス共和国の国民は等しく幸せを分かち合えていた! お前が国民を非難し、断罪する権利などない!」
レッドが魔王に向けて吠える。
その言葉を聞くと魔王は憎悪に顔を歪ませた。
「等しく幸せを分かち合えっていた? ふざけっているのはお前だ……。そんな平等など、この世には存在しない! 人はその幸せを拒絶するのだからな!」
レッドの言を弾くように、魔王は怒号を飛ばす。
それにこたえるように、操られたリザードマンたちは軋み始めた。




