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09 迷宮講習会




 エルフの森の南。

 そこに迷宮講習を請け負う業者が軒を連ねていた。

 まわりに建物など存在せず、その代わりとしてか野外にはいくつもの黒板とそれの二十倍くらいは在りそうな椅子が、設置されている。

 その様子は戦後の日本で行われた青空教室を連想させる。


 ここに来た目的はもちろん迷宮の技能・知識を身に着けるためだ。


 日本の時間間隔で言うと今は一四時くらい。

 元々暑い気候な上、太陽が中点に達し、暑さはピークを迎えている。

 おそらく、日本でこの暑さで外に出るかアンケートを取れば、八割が外に出ないと答えるだろう。

 だというのに、目の前には人がごったがえす光景が展開されている。


「ああ、熱い……。前まで寒くってしょうがなかったのに。なんで、二週間歩いて移動しただけで、こんなに気候が変わるんだよ……」


 暑さにうんざりしていると、風鈴のように涼やかな声が聞こえてくる。


「迷宮中級者講習を始めます。皆さん、席に座ってください」


 講師のエルフの声だ。

 声だけ聴くと非常に好印象だ。

 今回、アルテマイヤがここのエルフたちは講習では信用ができると太鼓判を押していた。

 それゆえ、俺の中で奴らへの印象はだいぶ改善された気がする。

 だが、印象がいいと信じられるかは別の話だ。

 俺はアルテマイヤの言質があるとしても奴らの事は信用しない。


 奴らに騙された記憶は一朝一夕では拭えないのだ。

 それに先ほど熟練度でアルテマイヤは上級者講習、トリシュは初級者講習に分担されたことが気にかかっているのもある。

 おそらく講習をやりやすくするためのシステムなのだと思うが、どうしても疑ってかからずにはいられない。

 こちらは嫌というほど、騙されてきているのだ。

 もう騙されるのは勘弁だ。


 エルフを視界から外さないように、席に座る。

 そのままエルフを睨みつけていると後ろから肩をたたかれた。

 普通この場合、生徒が話しかけてきたと思うのが常道だろう。

 だがそれは違う。

 後ろの奴はエルフの回し者か何かだ。

 アルテマイヤは前、きっとこの手段で講師のエルフは親切などという嘘を刷り込まれたのだろう。


 おのれ!……性根の腐ったエルフどもが!俺は騙されんぞ!

 奴らの思惑を正面から打ち砕いてやろう。

 その決意と共に振り返った。


「お、やっと振り向いたか!俺の名はショット。トカゲの兄さんよろしくな!」


 快活な声が鼓膜を打つ。

 目の前にいる男は声のイメージ通りのいでたちだ。

 橙色の髪と、とんがった猫耳が特徴的なナイスガイ。

 目つきは三白眼だが、目の奥は澄んでいて、口から除く犬歯はびっくりするほど白い。

 座高は高く、体格は大柄、身体から太陽のように溌剌としたオーラが噴出していた。


 嘘つきや疚しいものが演出できない本当の陽気というのを感じさせる。

 エルフの上面絵の笑顔とは大違いだ。

 こいつはおそらくエルフの回し者などではないだろう。

 その証拠に男―ショットは商品を売りつけてきていない。



「俺の名はリード、こちらこそよろしく!」


 この土地に来て、初めてのまともな人間だ。

 俺は内心の興奮を隠せずに、ショットに自己紹介する。







―|―|―|―|―|―|―






 夕暮れ時になり、今日の講習は終わった。

 講習の内容は初回ということもあり、大したことはやらなかった。

 講習の日程告知と簡単な課題。

 その課題は出来るだけ、たくさんの魔法を使って、迷宮を作ろうというオリエンテーションみたいなものだ。

 課題を作る過程で分かったことは、ショットが、土魔法の制御がおぼつかないナイスガイだったということだけだ。

 奴のおかげで迷宮の天井の下敷きになり、危うくトカゲの化石になるところだった。

 まあすぐにショットが引きずりだしてくれたので根に持ってはいないが。


「お前の宿に飯食いに行っていいか?」


 黄昏ながらトリシュとアルテマイヤを待っていると、ショットがそう声をかけてきた。

 俺はショットの言葉からその意味を悟った。

 おそらくこいつもここに来るまでに野良エルフの襲撃を受けたのだろう。


「お前もあの洗礼を受けたんだな……」


 ショットは俺の言葉を聞くと何言ってんだこいつみたいな顔をした。

 きっと隠したくなるほど、ショットはひどい洗練を受けたのだろう。

 俺は奴を安心させるために、ダウニーに泊めてもらえるよう交渉すると確約した。

 ショットは何やら遠慮していたようだが、結局は俺の提案を受け入れた。

 ダウニーもめちゃくちゃなことな依頼しているのだから、これくらいの事は許してくれるだろう。



 いいことしたぜ……。と赤くなった東の空を見ているとその下に変なものを発見した。

 空き地だろうか?

 そこは、石畳の上にいくつも甲冑が向き合って並べられているだけの場所だった。


「『騎士の栄光』か……。懐かしいな……」


 俺が見ていた方角を見やると、目を細めてショットはそんなことをつぶやいた。

 どこかその声は哀愁を感じさせる。


「なんだ、入ったことがあるのか?」


 俺はそう尋ねながら、ショットの体を見やる。

 剣闘士のような軽装で、布が隠していないところは隆々とした筋肉と白い傷跡が顔をのぞかせていた。

 その姿は歴戦の戦士に見えなくもない。

 いや、逆にこれで一般人だと言われても説得力がなさすぎる。


「昔にな」


 ショットはそういうと、迷宮から目をそらした。


「そら、お前の待ち人たちが来たんじゃないか?」


 奴の目の先を追うと、走り寄って来るトリシュとアルテマイヤが見えた。

 トリシュの顔を正面から見てしまい、胸が申し訳ない気持ちと罪悪感でいっぱいになる。

 心が押しつぶされそうになり、思わず目をそらしてしまう。

 そらした先で、ニヤニヤとしたショットの顔があった。

 おそらく勘違いのしたのだろう。

 ショットの態度に少しイラとした。


「リーさん、早くこっちに来て、もうマイヤが起きるから(・・・・・・)!」


 トリシュは走っている途中でアルテマイヤを、羽交い絞めにした。

 普通であれば横暴だと思う行いである。

 しかし、これは俺たちにとってはしょうがない行為だった。

 何故ならこうしなければ、俺たちはアルテマイヤの二重人格―マイヤに襲われるのだから。


 日が完全に落ちると、羽交い絞めにされたアルテマイヤは、髪が急に赤から黒に変色し、だらりと脱力してしまった。

 いつもと違い、今日はやけにおとなしい。

 さすがに何度も取り押さえられるので、襲うのを諦めたのだろうか。


 ゴッ!


 岩が削れるような音がしたかと思うと、俺は首に圧迫感を感じた。

 目の前では羽交い絞めにされていたはずの黒髪の悪魔が俺を睨みつけている。


「よくもまあ、二週間もあたしを可愛がってくれたなあ、てめえ!」


 俺はマイヤに首を締め付けれていたことにやっと気づいた。

 







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