83 記憶の中
「これで良しと……」
目の前には、羽ペンと真新しい白い紙を持ったリザードマンがいる。
誰かの体の中に引きずり込まれた俺は、それを眺めていた。睡眠に落ちたと思ったら、こうなっていた。
前、スリートと存在を重ねった時と同じ状態だ。体に閉じ込められただけで、こちらからは何もすることができない。
体の主はベッドに座って、足をぶらぶらさせている。
自分の意思に反して体が動く感覚は相変わらずなれない。
視界から推測する、にここはシュライク魔法学園の寮の部屋だ。さらに推測すれば、おおよそ目の前にいる人物はリザードマンの体を保っていた時の俺だから、寮の俺の部屋という事になるだろう。
先ほどまで、砂漠の上のテントで横になっていたことを思うと、偉く恵まれた世界にトリップしたものだ。
学園はあまりいい思い出がないので、複雑な気持ちになるが。
「あなたは一体、何を書いたんですか?」
そんなことを考えていると口がひとりでに動いた。
すると向かいの机にいる俺がこちらに向き直って、紙を右手に掲げた。
「もししくじった時のための保険――注意事項だ。ここで、死んだとしてもこの紙の三つの注意事項を過去に飛ぶ前の俺が見て守れば、シェイムの暴走が止められるていう寸法だ」
俺が掲げる紙を見ると、
・神聖術を習得しろ
・深淵と契約を結ぶな
・魔王と戦うな
と書いてあった。
学園で発見した差出人不明の手紙の差出人が判明した。俺自身だ。
なるほど。だから差出人も送る相手の名前も書いてなかったわけだ。
ただのメモなのだから書く必要がない。
謎が解決された。これはいいことだが、もう一つ謎が発生した。
俺にはメモを残した記憶などないのに、目の前の俺がメモを書いていることだ。
記憶がないということは目の前のこいつは俺であって、俺ではないことになる。
どういうことなんだ?
「……これを封筒に包んで、手紙ぽくすれば俺の興味を引けるだろう」
「あなた、ヒースから紙のついでに封筒をもらったからて……。もったいないとおもうのはいいですけど、それだと気を使って開けてもらえない可能性もありますよ」
「大丈夫だ。多分、俺なら開けるだろう。変に律儀なところがあるからな。手紙なら届けなきゃいかんと思って、中身を開封する」
「自分で律儀ていいますか……」
もう一人の俺は手紙を机の引き出しに滑り込ませると、おもむろに立った。
「さて、神聖術を覚えにシアモス神聖国に行くか。神聖術がないと確実に未来に帰っても、出血多量で死ぬからな」
奴がそうこちらに告げると世界が歪んでばらばらになっていく。
―|―|―
目の前には先ほどとは異なり、薄暗いテントの天井が見える。スリートの記憶から解放されたようだ。
一応眠った状態だったというのに、気力は回復しておらず、身体の疲労は寝る前よりひどくなっている。
疲労の割には得たものは小さい。
最後の言葉でもう一人の俺が、なにものかわかった程度だ。
あれは、神聖術を覚えずに過去にとんだ俺だ。おそらく未来には帰って来ずに神聖術を覚えに行って、なにかの理由で死亡したのだろう。
未来に戻ったのなら、俺がメモを用意したことを覚えていないはずがないのだから。
スリートも知っているなら言ってくれれば、よかったというのに。
『一回目の失敗の時のことをあなたに言ったところで、何もできないでしょうが。成功して打開策が分かっているわけじゃないんですから、ただ失敗したという事実しか言えません』
言えば、俺のモチベーションを下げるだけだとわかっているから言わなかったてことか。
『それにあのことはあまり思い出したくもありませんしね』
スリートはわざと感情を消したような声でそうつぶやいた。
『それよりも、リード。餓鬼族に奪還に参加する理由を聞きたいと思ってたんじゃないんですか』
奴は誤魔化すように話を逸らす。これ以上追及しても何もいいことはなさそうだし。
スリートのいう事に乗るか。
ホットが魔王を説得するために暇を出している今しか、聞くときはない。
それに餓鬼族の目的が知れないまま、行動を共にし続けるというのはぞっとしない。
奴らの目的に反したことをして、協力をしないなどされたら目も当てられないのだから。




