61 別れ
契約を結んで一か月少したった。
スリートの魔力は三日前に満タンになっているので、いつでも帰れる状態になっている。
だが、俺はまだ帰る気になれずにいた。
それにはもしかしたら戻ったら学園は崩壊したままかもしれないという不安もあるし、過去改変が行われた33年後がどれだけ変わっているのかわからないという不安もある。
でもやはり、ここの人間の行く末が心配なのが一番大きいだろう。
奴らには、いろいろなことを教わった。
特一級魔法に、魔道具作成の中から上級、神聖術のエンチャントの仕方。
ショットが俺と正面対決をしたときに少しでも長く時間稼ぎをするという打算ももちろんあっただろうが、奴らからはそれよりも魔法や魔道具が好きだから伝えたいという気持ちが伝わって来た。
ガリから魔道具のレクチャーを浮けたときに延々と魔道具のすばらしさについて話されたときはうんざりしたが、それが今生きているのだから悪くなかったのかもしれない。
各々からレクチャーを受けるうちにこいつらに愛着が出来てしまった。このまま、ショットの侵攻が終わらないうちに帰るというのも何だか薄情な気がしてできないのだ。
今現在もガリに教えられた知識を利用して、魔道具を整備してるせいか、あいつらに世話になっているなあという気持ちがひしひしと湧いてきているし。
「ギアスロールが破れかけているな……。とりかえるか」
しみじみとした気持ちで魔道具を整備していると迷宮の床を踏みしめる靴音が聞こえてきた。
「リーデンベルグ。今日も気合が入っているね」
シェイムが顔を出してきた。いつもは少し青味がかった顔をしているが今日は血色がいい。
「今日は調子がよさそうに見えるけど、なにかいいことでもあったのか」
そう聞くとシェイムは嬉しそうに眼を細めて、口を開いた。
「今日、伝書が来て。勇者が魔王と契約を結んで戦争が終わったて書いてあったんだ」
「じゃあ、もう侵攻は……」
「そうなんだ。もう侵攻はなくなるんだ!」
シェイムの高く大きな声がどれだけ嬉しいのかを如実に表していた。その声を聴いてるとこちらまで嬉しい気持ちになってきた。
やっとこいつが報われるのだ。
「ありがとう、リード。君達のおかげだ……。君とプラムのおかげで独りよがりになって自分の首を絞めていたことに気づけた。君達はみんなに頼ること、信頼することを思い出させてくれた」
シェイムは涙目になって感謝の念を述べてくる。普段ならこいつ死亡フラグビンビンだなとか思うところだが、こいつの苦労を知っているからこれだけ有頂天になってもしょうがないなと思った。
苦しくても頑張ってここまで来てなすことをなせたのだ嬉しくないはずがない。
「こっちこそお前には感謝しているよ。音の魔道具を克服されて、ショットに迷宮の奥に侵攻されたとき、俺とアイツの正面対決なったていうのにお前らは逃げずに俺を助けに来たからな。正直、あの時、俺を時間稼ぎにして逃げるだろうと思って、腹をくくってたよ」
俺がそういうとシェイムは嬉しそうな顔から眼を釣り上げて怒ったような顔になった。
感謝を述べるついでに、藪蛇をつついたようだ。
「僕たちのために、魔王に正面対決に行った君を、見捨てる? そんな事をすれば魔王に殺されるよりもつらい目に会うんだ。絶対にできないよ。君はあの時点で僕たち学園側の人間にとってかけがえのない存在になっていたんだから」
こいつは本当に変わった。戦っていたときは疑心暗鬼にかられて、何も信じられなくなっていたのに。
あそこで俺たちの争いを止めようとした師匠の言葉が奴の疑念を壊してくれたのだろう。
契約を結んだ後からシェイムの態度は軟化していた。
奴とこのまま三日くらいは学園での思い出を語り合いたいが、俺はここでの心のこりはもう消えた。
帰らなければならない。
「シェイム、あのな……」
「ここから出っていくんだろ?」
かけがえのない存在と言われて、「帰る」という二の句を告げずにいるとシェイムが俺の代わりに言葉を継いだ。
その言葉に少し驚かされる。学園から去るといっていないのにどうしてわかったんだ?
「どうしてそれを?」
不思議に思って、そう問うとシェイムは呆れたような顔をした。
「どうしても何も。君は三日前からずっと会うたびに遠い目をして外を見ているんだ。なんとなく察するよ」
なるほど。知らぬうちに俺はわかりやすい態度をとっていたらしい。
「僕にもなさねばならないように、君にもなさねばならないことがあるんだ。僕たちの事は気にせずに行ってきなよ。君とはどこかでまた会いそうな気がするし、二度と会えないわけじゃないんだから」
シェイムはこちらに気を使ってか、後押しするような言葉を贈ってくれた。
お前は本当にいい奴だよ。
「ああ、そうだな。33年後には必ず会いに行くよ」
俺はそう言って、シェイムと別れた。
―|―|―
シェイムと別れた後、学園長、ガリと別れを告げて、俺は師匠の元に別れを告げに行った。
だが師匠は止まっている女子寮にもおらず、どこにも見当たらない。
仕方ないので、過去に飛ぶ前に師匠とともにいた山の上に探しに行くとやっと発見できた。
師匠は魔法の練習をしていたようだ。学園の人間から教えられていたこともあるが、この短い期間に二級魔法を習得しており、今現在も二級魔法を目の前で実演している。
「プラムこんなところにいたのか?」
「リードさん、別にどこで居ようが私の勝手でしょうに。何か用ですか?」
「ああ、ここを出ることになったから最後に別れの挨拶とこれまでのお返しに来たんだ」
「お返しって。私は復讐されるようなことをしましたか?」
師匠は少しひねくれた返事をする。年相応の態度で最初は未来の師匠のギャップに驚いたがもう慣れた。
「そっちじゃないよ。贈物の方のお返しだ。お前に俺は精霊魔法を贈りたいと思う」
「精霊魔法? 何ですかそのうさん臭い魔法は?」
こっちにそれを教えた本人に「うさん臭い」ていわれると複雑な気持ちになるな。
「うさん臭くない。歴とした精霊を使役するときに使う魔法だ」
「ほんとですかあ?」
師匠はジト目でうさん臭いものを見るような眼で見てくる。マジで信じていないな。
「ほんとだ。試しに火・風・土・水のマナを均等に配分して魔力を流してくれ」
「こうですか」
師匠はそうつぶやくと、オーラが周りに発生した。相変わらず手際がいいなこの人。
「そうだ。それで三級精霊魔法『フォース』は修得完了だ。二級魔法は今から実演するけど、精霊がいないプラムには今は出来ないが覚えておいて損はないと思う。しっかりと見といてくれ」
「そうですか。でもなんで急にこんなことを教える気になったんです?」
それは将来の師匠が精霊が大好きだからだ。ここでのことのお返しとして俺ができることはこれしかないと思った。
「俺がお前に贈れることはこんなことしかないと思ったからだ。スリート出て来てくれ」
『フォース』を発動して、スリートに向けて伸ばしていく。
「『フォース』を伸ばすのは制御が難しいから気を付けてくれ。これから一級魔法を習得すると思うが、伸ばす感覚はそれに似ている。注意点としてはあれは瞬間的でいいが、これは持続的にやらなきゃいけないことだな。
……よし、つなげた。これが二級精霊魔法『リンク』だ。精霊と同化するときに使う」
師匠はこちらを見て、不思議そうな顔をしている。今現在興味のないものを教えればこんなものだろう。
「今から精霊を使ってここから飛ぶ。またな、プラム」
「精霊は便利なんですね。遠くに移動できるなんて。ええ、また会いましょうリード」
俺はそう聞くスリートに記憶媒体としてボロボロになった使い古しの服を渡した。
世界は急速に周り始めた。




