59 魂の契約
「グ!」
耳元で魔王のうめき声が聞こえた。
すると体が浮遊感に襲われる。魔王が風魔法を発動させたことを理解する。
自分の不安は的中しなかった。魔力は供給でき、魔王はこちらの要求に応えてくれた。
こちらが安全なのは確認できたので、師匠の方を確認する。
師匠は相変わらず落下し続けていた。
「どういうことだシェイム!? なんで師匠を!!」
落下していく師匠に釘付けにされながら、背後の魔王に怒号を飛ばす。
奴はどうしてこんなことをした?
「リーデンブルク、僕に契約を決める主導権を渡すなら彼女を助けよう。そうでないなら彼女にはこのまま墜落してもらう」
この期に及んで、こいつはそんな下らない理由で師匠をないがしろにしたのか……。
苛立ちをこみあげてきたがこらえる。
「ああ、そんなのはいくらでもくれてやる。早く助けてくれ」
俺がそういうと、師匠は浮かんだ。師匠が空中で浮遊するところを見て、少しだけほっとした。
まだやることは残っているので安堵とまではいかないが。
しばらく浮遊していると、地面にたどり着いた。少し離れた位置に降りた師匠に駆け寄る。
師匠は気を失っていた。火傷の痛みと落下するときの恐怖のせいだろう。
まだ少女だというのに、こんなになるまで頑張ってくれたのだ。33年後では薄情な人だと思ったが、この人は間違いなく尊敬できる人間だ。
神聖術をかけて、師匠の傷を癒す。
師匠の傷が消えたことを確認すると、魔王の声が聞えた。
「リーデンベルグ……。早速契約を始めよう」
見ると魔王は学園長とガリに肩を支えられて立っていた。
魔王は足を後方に動かして振り返ろうとしたが
「シェイム兄さん、その体では無理です。職員室から契約書類は取ってきますから座っていてください」
肩を支えている二人に止められた。
2人のうちどちらが出したかわからないが、魔王の目の前に土魔法で机と椅子が用意された。
魔王が座るのを確認すると、学園長はこちらを睨みつけて、校舎に入っていった。
その様子を眺めていると、ガリが眼でこちらも椅子に座るように促してきた。
「スリート、師匠を頼む。何かあったら大声を出すようにしてくれ」
おそらく師匠を人質にとることはないと思うが、一応スリートに頼んで席に向かった。
席に向かう途中、深淵の姿が見当たらないことに気づく。
先ほどの水魔法でダンジョンコアを砕けたのだろう。目的を達成したというのに満足感は得られなかった。
まだ終わっていないからだろう。
「こちらの契約での要求は、学園への侵攻の禁止及び学園の人間への危害を加えることの禁止です」
こちらが席に着くと契約の準備も整っていないというのに、魔王は契約内容について話しはじめた。
しかもこちらが飲めない要求だった。
「それは出来ない。……ショットは頼んでもこちらの言う事を聞かないからな」
「どういう事ですか!? 先ほどと話が違うじゃないですか?」
シェイムはこちらを睨みつけてくる。当然の反応だ。
俺は休戦協定を結べるといったのに、その実そんな力は持ってなかったのだから。
「だから、ショットの撃退に協力する方向で頼む。ショットのことで俺にできることはそれ以上ない。俺のことが信頼できないというのならここで監視してくれても構わない」
魔王はこちらを眼力で殺せそうな勢いで睨みつけてくる。
これだけで納得するわけはないか……。これ以上何かの条件を付けたしたところで土台、魔王が溜飲を下げることはないだろう。
「俺は約束を破った。俺から要求できることはない。そちらの要求にはすべて従おう」
言いたくはなかったが、この言葉しかもうない。
魔王は人を呪い殺せそうな形相から、心底疲れたような顔になった。
「では、あなたへ要求は『こちらの要求にすべて答える』でよろしいですね」
「ああ、それでいい」
あちらの要求にはすべて答える。だが、こちらは何も要求しない。
ずいぶん、魔王側に都合のいい契約内容になった。
こちらからも要求できれば、よかったのだが。休戦協定が結べるなどと嘘を吐いたことがネックになったからしょうがない。
「契約書類を持ってきました」
俺たちが契約内容を確認し終えると学園長が、契約書類を持ってきた。
魔王は羊皮紙に羽ペンで一筆入れるとこちらにナイフを渡してきた。
「魂の契約を結びます」
そういうと血を羊皮紙に垂らした。こちらもそれに合わせて血を垂らす。
契約は結ばれた。




