50 しまったと思った時にはもう遅い
何が起こっているかはわからないが、反射で師匠を抱えて荷車から転がり降りる。
硬い地面にダイブしたせいで、背中がガサついた砂地に擦り降ろされる。
「何が起こったんです?馬車が……」
師匠は俺を座布団にしたまま、真っ二つになった馬車の惨状に驚いている。馬の首がないのだから、驚いてもしょうがないのかもしれないが、せめて降りてから驚いて欲しい……。
それにしてもなんで、ショットがここにいるんだ。確か、奴はエルフの森では、「エスカ王のペット」とか言ってたはずだが。
エスカ帝国はここから正反対の位置にあるというのに。
俺の腹に加圧をかける師匠を下ろして、荒野をぐるりと眺める。
ショットはすぐに発見できた。シェイムと交戦中だ。
会議でまず説得しようと打ち合わせたはずなのに、何故魔王閣下は魔法と剣でショットと応酬を行っているんだ……。
そんな事をすれば説得もくそも何もないじゃないか。
とりあえず、ショットと切り離さねばならない。シェイムも、魔法の牽制と剣を合わせることでぎりぎり持っているようなものだ。
じり貧なのは目に見えている。『ボム』で奴らがしのぎを削っている間の地面を爆破する。
2人とも飛び退いた。シェイムに待ったをかけなけらればならない。
「シェイム、やめてくれ。先ず説得する約束だろう」
「リーデンブルクさん! いきなり切りかかってくる奴が説得できると思っているんですか! そんな悠長なことを言っていると殺されますよ!」
それはそうかもしれないが、あんたがそうやって、魔王と戦闘するとおぞましいことになるんだよ。
「シェイムさん、援護します!」
後ろから声が聞こえると思うと、師匠が神聖術を唱え始めた。
俺の苦悶をよそに、展開はどんどんと悪い方に転がっていく。
「エンチャント・パワーフォロー」
聞いたことのない神聖術だ。その詠唱が聞えたと思うと、シェイムから赤い燐光が幌走り始めた。
おそらく、詠唱からしてバフのたぐいだろう。そんなもんかけたらもっとダメだろうに……。
俺の予想通り、せっかく引き離したというのに、シェイムはショットに突っ込んでいってしまう。
シェイムは先ほどよりはついていけているようだが、ショットに一太刀を入れるほどではない。
奴はおそらく戦闘スタイルからして魔法剣士だ。一つのことに秀でるというよりもバランスよくやるタイプ。
前衛に出て戦うことは出来るが、特化しているわけではない。
剣士で前衛特化のショット相手では、どうしても劣ってしまう。
おそらく奴もそんな事はわかってるだろうが、ショットを警戒して、分が悪いとわかっていても撤退できないのだろう。
ここはショットに引き下がってもらうのが一番だが理由はわからないが荒れているようだし、説得しても目がなさそうだ。
やらない手はないが。
「ショット! 一度剣を収めてくれ! 話せばわかる!」
「てめえ、なんで俺の名前を知ってやがる?」
ショットの意識が俺に逸れた。無駄だと思ってもやってみるものだ。
シェイムも俺の意を察したのか、ショットから距離を取った。
これで説得ができそうだ。ここまで来るまでにえらく長くかかった。
「ああ、それはな。たまたま――」
説得の前口上を述べようと思うと、ショットが消えた。
見ると先まで奴がいたところに土の槍が飛び出ていた。上空を見るとショットが打ち上げられている。
シェイムがやっただろうことはすぐに分かった。どうやらこっちの意をくみ取っていなかったようだ。
打ち上げられたショットに無数の土の槍が四方八方から殺到する。奴はいくつかの槍を空中で破壊したようだが、すべてに対応できず鋭い先端が体に届いてしまう。
届いてしまったのだが、槍はショットの体に当たるとこなごなに砕けた。まるで奴の体の方が硬いように。
「……特一級土魔法がなんではじかれる!? 練気で体が強化されているとはいえ、そんなこと可能なのか!?」
その姿を見て、シェイムも戦いている。
「お前の魔法弱いな。俺の練気も貫かねえとは」
もう土の槍をはじくことをやめてショットは重力に任せて、落下してきた。その間も槍は殺到しているというのに、身体はかすり傷一つついていない。
奴は槍のことなど、どこ吹く風でシェイムの方に歩みを進め始めた。
「ッ!!」
シェイムは恐怖に染まった青い顔で魔法を連発する。
メテオ、ボム、テンペスト、ストリーム、……アースウォール。
だがそれらがまったく意味をなさいと行動で示すように、ショットは全ての魔法を受け止め、シェイムにゆっくりと近づいて行く。
最後にアースウォールをはがすと、棒立ちになっているシェイムに剣を振り上げた。
このままではシェイムが死――
「私はあの男の練気を消すことができますよ。どうします?」
いままで沈黙していたスリートがそんな事をささやいてきた。
断る理由などないだろうに。
「やってくれ、他に選択肢などないだろ」
「このままシェイムが殺されれば、学園も崩壊もなくなるというのに、もの好きですね」
「お前……」
スリートは俺の驚きなどよそに、ショットに手を掲げる。
精霊の提示した残酷な選択肢に一瞬虚を突かれたが意識を目の前に戻す。
ショットはそのまま剣をシェイムにおろした。だが、ショットの剣はシェイムの体に当たると跳ね返った。
シェイムの練気に跳ね返されたのだろう。ショットが驚き、目を見開くと同時にシェイムの目がギラりと光った。
すぐに奴が反撃に出るとわかった。
今の練気を纏っていないショットが切られれば、確実に死ぬ。
「やめろ!」
俺は気づくとシェイムを三級風魔法で吹き飛ばしていた。
ショットは驚いた顔で俺を見つめ、シェイムは起き上がり、俺を睨みつけた。
「リーデンブルクさん、いや、リーデンブルク! これはどういうことだ!」
シェイムの怒号が荒野に響いた。すべてが終わったと確信した。




