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05 終わらない後処理

これから一話の毎日更新に変更します。




 少年が投げたと同時に三級風魔法を放つ。周りに強風が発生した。

 帰還片は少年の元に戻っていき、そのまま少年の頭の上に帰還片が落ちる。

 するとそれは紫色の煙を生じ始めた。


「マジか」

「馬鹿じゃん」

「……」


 驚き、怒り、呆れ。少年たちは三者三様の表情を浮かべ、消えた。


 危ないところだった。

 まだ子供とは言え、俺と同じCランク冒険者だ。

 性能は俺と同じか、それ以上だろう。

 真正面からなら普通に伸されていた。


 障害も消えたし、仕事に戻らなければいけない。

 シェーンが早く来てくれたら、苦戦しないのだが、おそらくこっちに任せているからそんな早くは来ないだろう。

 おおよそ今はブレントと悠長に世間話をしている可能性が高い。

 上司の支援なしに魔方陣を見つけ出さなければならない。骨が折れそうだ。


 これからの無謀な捜索をすることを想像しげんなりしていると、師の魔道具使いの言葉を思い出した。


 『魔方陣収納部分は叩けば光る』


 当時は意味のない言葉と思っていたが、かなり重要な言葉だったようだ。

 必要となった今思い出して、実感する。

 師の言葉のおかげで無謀な捜索をすることはなさそうだ。

 さっそくめぼしいところ叩いて、見つけるとする。


 まずエレベーターの扉の天井部分をたたく。

 無反応。

 右。

 左。

 果ては下をたたいても反応がなし。

 めぼしい部分は叩いたのでエレベーターの周りの壁を叩くローラー作戦に出る。

 叩く。叩く。叩く。

 まったく反応がない。


「こんなもん、わかるかバカヤロー!」


 苛立ちそのままにスクロールをエレベーターに、たたきつける。

 スクロールは扉にぶつかって落ちるかと思うと、左の扉の中に吸い込まれていた。

 代わりに色あせたスクロールが扉の中から出てくる。

 それは魔方陣が途中で断裂したこわれたスクロールだった。


 これで壊れたスクロールを回収し、新しいスクロールを取り込ませることができた。

 つまり、交換完了。依頼完了という事だ。

 唐突過ぎて、展開に頭がついていけない。

 

 あれだけ苦労したものなんだ……。

 たたきつけただけで完了したというあっけない結末が、呑み込めない。


 放心して、しばらくボーとしていると少し落ち着いてくる。

 落ち着くとふつふつと恨みがわいてきた。

 扉にスクロール埋め込むのはさすがに無理だろ。叩きつけなかったら一生わからなかっただろうに……。

 そんなふうに内心で愚痴っていると、修復したエレベーターが動き出した。


 ぼんやりと稼働音を聞いているとあっという間に到着して、扉が開いた。


 当然生理的に受け付けない刺激臭が鼻を突いた。

 扉の中の惨状を見て、魔方陣交換の不平不満など一瞬にして吹き飛んだ。


「俺のせいじゃない……。どうして、たった三日でこんなことになるんだ」


 気づくと、言い訳を口から漏らしていた。


 ひどい光景だった。

 汚物。血。食い荒らされた死体。

 箱の中で身の毛がよだつような地獄が広がっていた。


 その中で動いているものがあった。

 死体を咀嚼している少女。

 手には血がべっとりとつき、口の周りも血のりで真っ赤。

 その子の姿を見て、俺の罪悪感と恐怖が振り切れそうになる。

 逃げ出したい思いに駆られているのに、身体に力が入らなかった。


 俺が彼女を見て硬直していると、少女は食べるのを中断して、顔を上げた。

 そのおぞましい所業に反してあどけない顔が、こちらに向けられた。

 目は曇っておらず、正常に見える。


 怖気がした。

 惨状。それに矛盾する少女の状態。

 これを引き起こしたのが自分かもしれないという事実。


 力の入らない役立たずな体は、ついに尻もちをついた。

 それから俺は力が入らないないというのに、何とか後ずさろうと体を揺する。


 もう耐えきれない。

 胃の中のものが逆流しそうになる。

 少女から目を離したいというのに目を離せなかった。

 どうしてこんな状態になっても超然としていられるんだ、奴は……。

 

 その様子が恐怖を加速させる。

 俺に恨みを持っているだろうこの少女はまだ復讐する力を、持っているのだ。

 今奴と対面しているこの状況は、首筋にナイフを突きつけられているのとなんら変わりはない。


「……やはり。餓鬼だったか」


 少女と対面し戦慄に襲われていると、どこか疲れたような声が聞えた。

 俺の上司の声だ。

 何故だか俺はその声に救われた気がした。

 


「こうなったものはもうどうしようもない、後処理をするか」


 そういうとシェーンは少女の前に一歩踏み出した。

 手には黒い靄のようなものを纏っている。

 その手を見ると根源的な恐怖が湧いてきた。あれは絶対に触れてはいけないと本能が警鐘を鳴らす。

 あれに当たれば、必ず死ぬ。そう確信した。


 少女も俺と同じような事を思ったようでシェーンの手を見ると、後ずさった。

 自分の中で衝撃が走る。

 

 超然としていたような少女が死を恐れる普通の少女であることが理解できてしまったからだ。

 先ほどは奴は復讐できる力があると感じたが、それはただの見当違いだったのだ。

 こいつは俺と同じだ。


 気づいた時にはシェーンの足をつかんでいた。

 つかんだ足は止まった。


「離せ。こいつを殺さなければならん」


 びっくりするほど低い声だった。

 何かのスキルなのか、ひどく恐ろしいと感じた。

 喉がからからに乾く。


「な、なんで殺す必要があるんですか?」


 声を無理やりにでも絞り出した。


「なんでだと?」


 シェーンは怒気を含んだような声を上げる。

 奴の恐ろしさは研がれた刃のように鋭さを増した。


「共食いした挙句、廃人になった人間が迷宮から帰って見ろ!ここの迷宮はどうなると思う?

 ここは廃業寸前に追い込まれる。

 しかもこいつは元の場所に戻ったとしても、餓鬼族の禁忌を犯した。ろくでもないことしか待っていないだろう。一生幽閉か、処刑が関の山だ。

 生かせばこれだけの人間が不幸になるというのに、それをなんでだと?

 ふざけるのも大概にしろ!」


 足を回され、エレベーターの縁にたたきつけられる。

 ひしゃげるかと思うような衝撃が体を貫く。

 心も体も痛い。

 特に心が。


 シェーンはあの羊と少女を人質にとられているのだ。

 言葉からその苦しみが伝わって来て、心を串刺しにした。

 シェーンの苦しみと少女の苦しみに板挟みにされる。

 

 すべては俺が起こしたことだった。苦しくてもどちらかを捨てることはできない。


「これはもう修復できないものだ。

 完全に壊れている。

 壊れたものは治せない」


 シェーンはエレベーターの中に広がる惨状を見て、苦々しくつぶやく。

 そして再度、怯える少女を見つめた。


「だから、処理するのだ。禍根が残らないように」


 止まった歩が動き始めた。

 痛みが走るからだを無理やり起こして、縋りついた。


「貴様!まだわからないのか」

「わかっているからやっているんですよ。まだあきらめるには早いじゃないですか。時間を掛ければきっと直せます。いやきっと直します」


 最低に無責任な言葉が自分の口から吐かれた。

 だがこれしか俺には言えなかった。


 俺はこれ以上罪を重ねたら確実に廃人になるし、彼女の命を見捨てることは許されない。

 だから、少女の死と廃人になることより、自分と少女の不幸を選んだ。

 俺のせいだというのに、どんな選択をとっても、少女を不幸にすることが胸糞が悪い。

 しかも途端に口からでた選択肢に自分の保身も入れていた自分の浅ましさに、嫌気がさす。


「ふざけたことを言うな!その言葉になんの保証がある?」

「俺の人生が保障です」


 保障はそれ以外に出せるものがなかった。

 言い終わるときには胸倉をつかまれて、殴られた。

 死んだと思ったが、俺は生きていた。

 

 ステータスさを考えれば、おかしなことだ。

 もしかして、手加減してくれているのか、この人は……。

 

 優しい人間なのだろう。

 それなら、これほどまでに怒っていることにも手加減にも説明がつく。


「ほう。そうか。ならばやるがいい。

 だが、その娘は親元に返すことはできない。迷宮で起きたことが漏れたらことだからな。

 そいつを含めてパーティメンバー全員死んだことにする。

 そいつの面倒はお前が見ろ。そしてせいぜい地獄を味わえ」



 その言葉でこの人がただ優しいだけでないことは理解した。

 手加減はするが、ちゃんとやるべきことをやらせるシビアさをもっていた。

 ここでするべきことは、彼女を修復し、その人生の責任をとれと言うことだろう。

 

 それは残酷なほど的確な指摘だった。

 これをすることで償いまでもすることになるのだから。

 

 実行すれば毎日少女に相対することで、自分のしでかした仕打ちを思い出し、罪悪感に襲われる。

 これで毎日少女の味わっただろう痛みを自分に与えるのだ。

 精神が崩壊しないように、毎日追い詰め続ける。

 俺の少女への償いにはこれくらいではないと見合わない。

 俺は進んでこれを受け入れるべきだろう。


 「邪魔だ。どけ」

 

 シェーンは少女をこちらに放り投げた。

 少女はすぐ近くに転がった。

 その体はガタガタと震えていた。


 シェーンは不機嫌な顔をしたまま、火魔法でエレベーターの中のものをすべて灰にして、水魔法で洗い流した。

 少女以外の後処理は完了した。

 少女の後処理は俺の仕事だ。



 初めての依頼は完了できなかった。

 それは形を変え、一生を果たして果たさなければならない償いとなって、俺に突き付けられた。



 この仕事に一生従事することが決定した。






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