42 バッドエンドコンティニュー
デュラハンとの度重なる戦闘で、疲労の酷い体に鞭を打つ。一縷の望みを込め、この事態をどうにかできる力があるだろう師匠の元に向かうためだ。
トリシュとアルテマイヤが行方不明と判断してから、山を登り始め、足をもつれさせながらも、やっと昨日の特訓場所にたどり着いた。
そこに、昨日と同じように師匠はいた。奴は目を閉じて木に体を預けていた。
近づいていくと、師匠は目を開いた。
「リード、特訓をほっぽいてどこにいてたんだい……。君のおかげで、ここで一夜を過ごすことになったよ」
師匠の物言いに俺は、胸の焼けるような怒りに襲われた。
「師匠、あんた……。学園があんな状態なのに、なんでこんなところで傍観してたんだ?
おかしいだろ! あんたがいれば何かできたかもしれないのに」
「……リード。落ち着けよ。私があそこにいたところで何もできなかったさ。襲い掛かってくるデュラハンを殲滅しようとすれば、周りの生徒たちも滅してしまうし。神聖術を使ったところで、救える生徒の人数などたかだかしれている」
「それでも……」
「無理だ。あそこに行ったところで、私は君ができたこと以下の事しかできない」
「……」
一縷の望みはすぐに消えた。ボロボロになった心と体をひきずってここまで来たというのにその結果がこれか……。
「ただ、あれをどうにかできる手段は持っているよ。君に後からばれてぐちぐち言われるのもごめんだからそれを使う事はないが白状だけはしとく」
「何ですかそれは……」
使わないといった師匠の言葉をきき、「それなら聞いても意味などない」と思いながらも尋ねた。
「マナをつかさどる精霊を使って、世界のマナをまるごと動かすことで過去に戻る。それから、リーデンベルクとシェイムの合流を阻止し、シェイムが魔王と戦った末に狂うことを起こらなくすればいい。それでこのことを起こらなくなるだろう」
師匠は理路整然と『過去改変』というチートみたいなことが行えることを説明した。
なんでそんなに大きな力を持っているのに、この人は何もしないんだ。
「そんなチートみたいなことができるのになんで使わないんですか。過去に何度でも戻れるんだから、片手間でこんな惨状防げるでしょうに」
「何度でもではないよ。そんなことをすれば、代償として、記憶媒体どころか、記憶をすべて差し出したあげく、廃人になる。マナをつかさどる精は座標を固定するために記憶を必要とするからね」
「それでも一度戻る程度なら問題ないでしょう」
「ダメさ。一度力を貸してもらうと、マナの精霊のみにしばらく就ききりで儀式を行う必要がある。
そうすれば、他の精霊が拗ねて、力を貸してくれなくなってしまう。私がそこまでしてここの学園で起きた出来事を改変する理由もないし、過去に戻って、シェイムの代わりに魔王と戦て自分の命を危険にさらず動機もない」
悪あがきに師匠を誘導しようとしたが、無駄だった。
理にかなった理由を羅列されて、はじき返された。
「そんなにしたきゃ、自分でしたらいいじゃないか、リード。自分がしたいことをひとにやらせるのはさすがにどうかと思うよ」
人が襲われているところを傍観しているのもどうかとおもうと混ぜ返したくなったが飲み込んだ。
そんな事で言い争うより、煽り文句にあった俺が過去に戻るという方が大切だ。
下らない煽りだが、今の俺はそこに活路が見いだした。
「じゃあ、俺がやれば文句はないということですね」
「……きみ、ちゃんと意味が分かってそう言っているのか。先ほどそのことの危険性について説明したはずだが」
もちろん。わかっている。
シェイムが戦うはずだった魔王の対処を代わりにしなければならない。
だがそれでも、完全に乱心したシェイムよりはまだましだ。
そいつはまだ説得できる見込みは存在するのだから。狂ったシェイムにはそんな余地はない。
これが今とれる俺の最善の手だ。
「わかっていますよ。それを分かったうえで過去に戻ると言っているんです」
師匠の目を睨みつけ、俺は自分の意思を伝えた。
師匠も俺の目を睨みつけ返し、そのまましばらくにらみ合ったままで膠着した。
「どうやら本気のようだね。精霊魔法が使える適正がある人間は少ないから残念だ。これで一人減る」
やるせなさそうにそういうと、師匠は木から体を離してこちらに近寄って来た。
「スリート、出てきなさい」
師匠がそういうと、どこからともなく無骨な鎧を着た真っ白な少女が出てきた。
髪、目、肌――鎧以外の場所はすべて白一色で統一された少女だ。その人離れした華美な見た目で精霊だとすぐに理解した。
「プラム、三日ぶりですね。もうかれこれ十年以上わたしを使っていませんがやっと使う気になったのですか」
スリートはジト目で師匠を見つめながら、神経質そうな口調で催促をする。
「ああ、使う気になったよ。君を使うのは私じゃなくて彼だが」
師匠がそういって、俺を手で示すとスリートが俺を無遠慮なまなざしで見つめた。
「なるほど。空っぽですが、私たちを使う資格はありそうですね。では、プラム、使う使う詐欺を繰り返して、十年以上も私をほったらかすようなあなたとの契約を解除して、このトカゲと契約を結ぶことにしましょう。今止めるなら、このトカゲとは一時的な仮契約で済ませますが」
スリートは俺をだしにして、主との冷めた関係を修復にかかっている。その姿は少し情けない。
普段なら人間臭い精霊で面白いと思うだろうが、今は状況が状況だ。
これから『過去改変』なんて大げさなことをするのに、こいつで大丈夫だろうかと心配に駆られる。
たとえ、大丈夫じゃなくてもやるしかないのだが。
「君の好きにすればいいだろ」
精霊の努力も空しく、師匠はそっけない態度をとった。
「ふん! 後で泣きついても知りませんよ、プラム!」
スリートは憤懣やるかたなしといった感じでこちらに大股で近づいてきた。
その姿は癇癪を起した小学生にしか見えない。
このまま、俺を引き殺すのではないかと思う勢いで接近すると目の前で止まった。
「じゃあ、トカゲ、契約を結びますよ。手を差し出しなさい」
スリートの勢いに押されて、そのまま手を差し出す。
そうするとスリートが俺の手と握手した。手に圧力を加えられると同時に、心臓が何かに貫かれるような感覚に襲われる。
「ふう、契約完了しました」
俺が慣れない感覚に戸惑っていると、人心地つくようにスリートがつぶやいた。
契約が結ばれた。もう後戻りはできないだろう。
「契約を解除すると、こんなにだるいのか」
師匠の乾いた声が聞こえたのでそちらを見ると、尻餅をついた師匠がいた。
顔が青い。何故か体調が悪いだろうに、「だるい、だるい」と言いながらも師匠は立ち上がった。
「リード、精霊を使役するには、同調が必要だ。そのために二級精霊魔法『リンク』を覚える必要がある。今から見せるから一発で習得してくれ。そうでないと……」
師匠は何か言葉をつづけそうとしたが、口をつぐんだ。言葉の続きを想像すると弱音だろう。
それほどまでに解除は師匠には応えたようだ。あれだけ好いている精霊から引き離した結果なので、少し申し訳ない気持ちになってくる。
「では『リンク』を発動する」
俺が少し負い目に思っていると師匠はそう宣言した。すると師匠は体に『フォース』を纏い、オーラをスリートのところまで伸ばした。するとスリートもオーラを纏い、『フォース』を纏ったような状態になった。
「これが、『リンク』だ。リード、やってみてくれ。スリート、未練がましいぞ。私とのリンクを切れ」
スリートが、膨れ面で体からオーラを消した。それを確認してから俺は言われた通り、『リンク』を行うために、『フォース』を発動させた。
だがここから、纏ったオーラを伸ばすということが具体的にはわからない。
「師匠、オーラの伸ばし方がわからないんですけど、どうやれば?」
「一級火魔法と同じ要領で、飛ばすようなイメージをするんだ」
師匠が言った通り、『フォース』を飛ばすようなイメージをするとオーラが動き始めた。
動き始めたのはいいのだが、制御が難しい。俺が動かしたい方向からそれていく。
何度か、方向を修正するとやっと、オーラをスリートまで誘導できた。
『リンク』やっと成功だ。一級魔法は違った難しさがあったが何とかできた。
「これで過去にさかのぼる準備ができたね」
師匠はそうつぶやくと、首にかけている首飾りの一つを外して、スリートに向かって投げた。
「スリート、それを記憶媒体にして、33年前にさかぼってくれ」
「はあ、いくらなんでもそれは……」
師匠の言葉を聞くとスリートは驚いた声を上げて、言葉を濁した。
「私と契約しているときに私から吸い上げた魔力とリードの魔力を使えばできるだろう」
「それはそうですけども……」
スリートは33年前と聞いてからどうも乗り気でなくなっている。
それくらいになるとさすがにキツイのだろうか。
「十年使われなかったてブーたれていたのに、いざ使うとなるとしり込みかい。君はとんだほら吹きだな」
師匠が煽るとスリートは歯ぎしりをし始めた。
「プラムも10年前は芋娘だったていうのに私を愚弄するとは大きくなったものです」
そういうとスリートは、怒りに任せるように視認できるほど強い魔力の波動を広げ始めた。
「リード。君が成功して戻って来るかはわからないが、戻った時のことを考えて一つ忠告をしておこう。この時代に戻ったら、アルテマイヤと共に行動するな。おそらく、彼女がシェイムを……」
そこで目の前の師匠の姿が消えた。消えると同時に、空が回り始めた。
青空から夜空に、夜空から青空に。どんどんと空の入れ替わりは激しくなっていく。
世界が過去にさかのぼり始めた。




