32 図書館は懐かしい
講義が終わったころには昼になっていた。
エラーが一人で食堂に特攻をかけようとしたので、俺が共に行こうと申し出た。
エラーは食堂に一人で特攻しても平気かもしれないが、俺は群れている奴らの中に一人混じるのはぞっとしなかったからだ。
そして、現在俺と奴は席を突き合わせている。
はたから見れば、大男とトカゲ男が怪しい会談を開いているようにしか見えないだろう。
しかも、大男の方は腹に飯が吸い込まれて消えていく。怪奇現象だ。
「エラー見てほしいものがあるんだが」
齧っている途中のパンを置いて、懐から寮で発見した例の手紙を取り出し差し出す。
飯を食うために、張りぼての腹を開けて姿を晒しているエラーはボウルに入った山盛りの野菜を右手でつつきながら、左手で手紙を受け取る。
一人称が『わたくし』だが、別にテーブルマナーとかに厳しい訳ではないようだ。
「何これ。当たり前のことしか書いてないじゃない」
「じゃあ、別にそこに書かれている文言に問題はないのか。俺はそれに沿って行動したいとおもってるんだけど」
「深淵と、魔王云々はじぶんからしなければいいから可能だけど、神聖術は難しいと思うわよ。図書館に神聖術関連の本はあると思うけど、難しくて理解できないと思うし、ここには神聖術を教えられる講師もいないから」
うーん。一番有用そうな神聖術が難しそうだな。
でも本があるなら、可能性はないわけではないか。
諦めるのは本をあさってからにしよう。
体を回復させる神聖術は、よく体を負傷する俺にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。
簡単にあきらめるのは惜しい。
「エラー、飯食ったら図書館に行かないか?」
「いいけど、あんた、代わりにあたしの実験に付き合いなさいよ」
じっけん。不穏な響きだ。
俺を魔改造でもする気だろうか。
さすがにそんなおぞましいことはしないと思いたいが、エラーもハリボテを着ているような奇特な人間だ。
何をするかははっきりいって分かったものではない。
でも、これまで接してきた感じでは頭のネジが外れているような感じはしないしな。
警戒し過ぎだろうか。今までもラルフとショットにビビりまくって、警戒していたが、特に何もなかったし。
疑ってかかって恩恵が受けられないのも面白くない。
素直に交渉に応じるか。
「いいぞ」
「実験に付き合えって言って、OKサイン出すなんてリードあんた変な奴ね」
選択を間違えたようだ。どうやらエラーのお道化だったらしい。
真面目に答えた自分があほくさい。
といよりも、ハリボテを着こんでいる奴に変といわれたくない。
―|―|―
古びた紙の匂いに鼻腔をくすぐられる思うと、俺の視界に本棚の行列が飛び込んできた。
この光景を見るのは大学以来だろう。妙に懐かしく感じる。
広さは校舎の一画なのであまり広くはないが、この世界で本を見る機会はないので、結構大きな規模の図書館ではないだろうか。
「リード何してるの、早くきなさいよ」
エラーに催促されて、扉の前で足を止めていたことに気づいた。
俺にとってこの世界で元の世界と類似したものを見たのはそれほどまでに衝撃的だったようだ。
高々、図書館を懐かしんだだけで歩みを止めるとは思わなかった。
催促されたのに待たせるのも悪い。足音だけで、声の一つも聞こえない静かな空間に歩を進める。
手前に用意されたテーブルを越えて、先ほどから大きな存在感を放つ本棚に近づくとエラーに追いついた。
「ここが、神聖術の本が置いてある棚」
エラーは指さして、本棚の一画を示した。見たところ、神聖術の本は10冊ほどだ。
そこから、一冊を取り出してみるが、中々に分厚い。500ページくらいは優にありそうだ。
おそらくここで読んでいたら授業に間に会わないどころか、火が暮れるだろう。
俺は授業がいつから始めるか知らないが、もうそこまで時間はないのじゃないだろうか。
もうすぐ一時間くらいたつし。
「エラー、授業ていつから始まるんだ?」
「今日の授業はもう終わりよ。学期はじめだから昼までしかないから。図書館はもういいの?」
「ああ、俺が本を読むまで突き合わせるのも悪いしな。こいつは借りて寮で読ませてもらうよ」
俺がそういうと大男の張りぼては考えるポーズをとった。
エラーはどうやら、何やら考えているようだ。
何だか嫌な予感がするな。
ハリボテはシンキングタイムを終了したのか、顎に手を当てるポーズを解いた。
「リード、やっぱりあんた、わたくしの実験に付き合いなさい」
俺の悪い予感は的中した。




