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03 研修――それは試練の始まり――




 父さん、母さん。

 僕は今、指定暴力団の元で働いています。

 大吹雪の中の行軍。

 働くことがこれほどつらいとは思いませんでした。

 身を粉にして働いていたあなたたちのすばらしさを、身にしてみて感じます。


 ホワイトアウトする視界の中、両親の笑顔が見えた気がした。


「貴様、何をやっている。とまれと言っただろうが!」


 上司となったシェーンに頭をつかまれ、止まった。

 どうやら、あまりの過酷さに幻覚を見ていたようだ。

 振り返ると、ビキニアーマーの上司は白色の地面を指さして、


「ここに一部屋の迷宮を作れ」


 といった。


 俺はその言葉を聞くと反射で、土魔法で土をかき出し空洞を作った。

 あっという間に迷宮完成。

 行軍という拷問により恐怖を植え付けられたことでなされた業だろう。

 もちろん一瞬でできたのは、土の移動など土魔法の初歩という事もあるが。

 

 土を吐き出すときに作った穴から中に入る。

 降り立つと、中はびっくりするほど暗かった。

 ホワイトアウトの次はブラックアウトだ。何時からこの世界は白黒になったんだ……。


 ザっ。



 そんなことをぼんやりと思っていると、地面を踏みしめる音が聞こえ、目の前に光があふれた。

 眩、眩し!


「目がぁ!目があ!」


 どこぞの調子に乗ったサングラスのような言葉を吐いて、俺は目を抑える。

 ブラックアウトからのフラッシュ。目は塞がれているはずなのに白い斑点が見える。

 太陽を見た時、よくなるあれだ。

 今日はよく白い暴力に苛まれる。


「馬鹿者がぁ! ダンジョン作成の時、明かりが確保できるまでは目を閉じるのは基本だろうが!」


 素人にそんなことを申されても……。

 魔法で明かりを取るとか知りませんもの。

 今までダンジョンの照明なんて、松明でしたし。


 薄く目を開けると、ぼんやりとだが見える。

 失明はしていないようだ。

 これから高確率でえげつない現実を捉えるこいつが、健在なのを喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。

 そのことを考えると何ともいえない気持ちになる。


 ダメだこの極限状態でネガティブになるのは精神的な死を意味する。

 プラスの方向に考えねば。

 なんでもいいから、なにかプラスのものを探すのだ。


 プラスのものを探すために心と体の感覚を研ぎ澄ますと、ここが異様に暖かいことに気づいた。

 きっとシェーンが俺の労をねぎらうために、火魔法で暖を取ってくれているのだろう。

 シェーンも暖を取ることは必要だしな。

 お互いウィンウィンじゃないか。

 何だか世界が美しく見えてきた。


 シェーンに感謝の気持ちでも述べようと奴の方をむくとビキニアーマーが眼に映った。

 吹雪の中をビキニアーマーで行軍するこの上司がそんなことをするだろうか……。

 

 その疑念で俺のポジティブシンキングに早速罅が入った。

 行軍中に寒くないか尋ねた時の記憶が勝手に再生される。


「私には、寒さ無効がついているからな!フワアハハハハ!」


 その声と共に、吹雪とビキニアーマーがフラッシュバックする。

 寒さ効かないし、まずないわ。


 俺のポジティブシンキングは完全に破綻した。

 慣れないことなんかするんじゃなかった……。


 理不尽な上司への疑念から熱源が何か、無性に気になり始めた。

 これから暑い場所に適応する訓練するとか言って、ここをサウナにするかもしれない。


 やっと見えるようになった視界で、照明で目をつぶさないよう、這うように見ていく。

 だが、サウナの暖房装置みたいなものはない。

 おそらくあの照明が熱源のようだ。

 あれなら大丈夫だろう。水をかけたら、一瞬で消えてしまいそうだ。


 安堵すると、シェーンの口が開いた。思わず身構える。


「日が暮れて暗くなり、夜中にかけてはさらに吹雪が激しくなる兆しが見えた。

 それゆえ、本来はこのままいくはずであるが、今回はここで足を止める」


 びくびくしながら、その言葉を聞き終わると、俺の心はスタンディングオベーションし始めた。

 今の俺の喜びを実体化できたら、ここにバベルの塔が建設されるだろう。

 だがその喜びも一瞬で、いつもの大音声が少し小さかったのが無性に気になり始めた。

 ただの誤差ではないと心が告げている。


「だがここで休むわけではない!

 今から貴様に、迷宮改築師として必要な知識をたたきこませてもらう!」


 予感が的中した。

 これからどこぞのギャルゲのような甘い授業など始まるわけもなく、どこぞの兵士育成機関みたいなレクチャーが始まることが想像に難くない。

 雪の行軍のことを考えると、このまま朝までレクチャーしそうだ。

 この上司、バイタリティという概念が存在しなさそうだからな……。


 コン!


 シェーンが土の壁を手の甲でノックすると、黄土色の壁が黒色になり、黒板ぽいものになる。

 この世界の公用語であるクロノール語で


 着席しろ!


 とバカでかい文字が黒板に隆起する。

 

 座れと言われても椅子がない。

 作れてことか。

 土魔法二級--一番下の三級から一つ上のランクしか使えないのに、そんな細かい造形のものは作れない。

 そっちのように土魔法でいろいろできると思わないでほしい。

 椅子の代わりに、土で直方体を作って、それに座る。


 授業をする空気を整えるためか、シェーンは咳払いをする。


「では、これからレクチャーを始める。

 貴様はどうせ、迷宮のことも知らんだろうから、まず迷宮のことを教えてやろう」


 迷宮のことを知らない?

 シェーンの言にイラとした。

 それは俺にとっては地雷だ。恐ろしい上司だろうがそれを言ったら戦争は避けられない。

 俺はこれでも迷宮構築師をめざし、面接で受かりはしなかったが、やつらからお墨付きはもらっている。

 迷宮に詳しいことはちょっとしたアイデンティティみたいなものなのだ。

 

「迷宮のことくらい知ってますよ。

 難易度によって、初級、中級、上級とわかれていて、入るにはCクラスの冒険者になる必要があるでしょ」


 はあとシェーンはため息をついた。

 仕草が小ばかにされているようで腹立たしい。

 自分の中でパーフェクトだと思っていたので、さらに腹立たしさに拍車がかかる。

 間違っててももうちょっとなんかあるだろ。


「貴様は間違ってないが、採点するとしたら、その説明は20点だな」

「何でですか。間違ってないなら100点でしょ」

「貴様の説明は足りていない部分が多い。説明できている部分は最近はやりの構築迷宮だけだ。さしずめ、迷宮構築師でもあこがれていたのだろう?」

「うっ……」


 図星だった。


 だが、自分の説明以上に迷宮の種類があるなんて聞いたことがない。

 一応冒険者をやっていた時期もあるのだ。

 迷宮の情報にもある程度精通しているつもりだ。


「ええ、本当ですかあ?もしかして、俺にすぐあてられて悔しくて嘘をついてるんじゃないですか」

「馬鹿者!貴様が無知なだけだ!迷宮改築師を志す者ならこれくらい知っていて当然。自分の落ち度をあまつさえ、上司に押し付ける。無知で愚鈍な貴様には温厚な私もさすがに呆れるしかない!」


 無知。無知。

 その言葉は俺の数少ないアイデンティティを粉砕すると共に、精神に致命傷を与える。

 これが俗で言う挫折という奴だろう。特に理由はないが立ち上げれる気がしない。


 俺がダウンしていると。

 原因を自分だと勘違いしたのか。

 シェーンはこちらの顔を見ると、しょうがないなといった感じで説明を再開した。

 奴は意外にいい奴かもしれんないという可能性が浮上してきた。


「まあいい。私は寛容だ。無知で愚鈍な貴様に説明してやろう。

 迷宮には大きく分けて二つある。

 人工迷宮クリエイト・ダンジョン原始迷宮(オリジン・ダンジョン)だ。

 人工迷宮は読んで字のごとく誰かの手によって作り出された迷宮、原始迷宮は自然に作られた古い迷宮のことだ。

 もう察したと思うが貴様が言った構築迷宮は人工迷宮に属する。

 二種類ある人工迷宮のうちの一つだが、あまり重要なものではないので気に止めなくていい」


 気に止めるわ。

 重要でないと聞き少しガックシ来ている。

 一応俺の夢だったというのに。

 将来的には誰の手も借りずに自前の迷宮を作るという、もう一つの夢まで否定された気になって来る。

 まあこれはシェーンの偏見だと思っておこう。

 これが真実だとしたら今の俺のメンタルでは耐えきることができないのだから。


「重要なのはもう一つのもの、魔王が作る迷宮深淵(アビス)だ。

 こいつは他の迷宮と異なり、生きている。大きな魔物といっても過言ではない。

 迷宮は移動の要所以外は形を変え続け、その迷宮だけにしか生息しない固有種のモンスターが再現なくわいてくる。仕事をするときは最も難易度が高いであろう迷宮の一つだ。

 特に貴様はこれを心に刻みつけることだ」

「え、それてどういう……」

「そのままだ」


 マジか……。これ絶対、ゆくゆくは深淵にぶち込む気だろう。

 五秒で死ねる自信がある。

 固有種のモンスターとか言う時点でもうだめだ。

 絶対強いに決まっている。

 数が多いぽいし、群れで来たら魔王より強いなんてこともあり得るのではなかろうか。


 深淵への心配と共に、まだ説明していない原始迷宮も何だか字面的に難易度が高そうで気になり始めた。

 深淵よりやばいてのもあるんじゃないだろうか。


「深淵も説明したし、迷宮はついてはもう終わりにする。原始迷宮については説明してないが仕事に行くことなぞめったにないから省く」

「え、原始迷宮にも入るんですか?」


 シェーンは省くと宣言したのに俺が尋ねたので少しイラとした顔をしたが文句を言わなかった。

 雪の行軍は何かの間違いで、もしかしたら普通にいい人なのだろうか。

 だがそこで雪の行軍がフラッシュバックした。

 一瞬いい人に傾きかけた天秤が元通りになる。過去の傷はそんなに早く癒えるものではない。

 まだ判断するのは早計だ。


「入る。今言ったように頻度は少ないがな。具体的に言えば、1000年に一回程度の頻度だ。貴様が1000年以上生きることはなさそうだし、入ることはないだろう」

「失礼な。これでもリザードマンには寿命がないのですから、1000年以上生きるポテンシャルは在りますよ」

「嘘をつけ。長寿のリザードマンなど聞いたことがない。リザードマンといえば、寿命が低い魔物だろうが」

「嘘じゃないですよ。リザードマンは魔法が使えず近接で戦って、死ぬことが多いから寿命が低いと勘違いされているだけですよ。俺の故郷に一万歳越えたリザードマンも実際居ましたし」

「ああ、それじゃあ入りそうだな。だが入ってもまれだ。私もはっきり言って、頻度が少な過ぎて、どういうものだったか覚えていない」


 シェーンはやけくそのような口調になり、忘れたことを白状した。

 下手に掘り下げない方がよかったな。

 説明しないのではなく、説明できなかったのだ。

 1000年に一回だからな、逆に覚えている方がおかしいか。


 というかだれが自然にできた迷宮を治す依頼なんて出してるんだ?

 どっかの貴族の私有地にでも存在するのだろうか。

 これ以上聞いても、墓穴を掘りそうだしやめておこう。

 多分、説明されても、依頼が来た頃には、何も覚えてなさそうだ。


 こちらがぼんやりと考えていると、シェーンは空気を入れ替えるように、また咳をした。

 こちらがシェーンのミスによからぬことを考えていると思ったのかもしれない。


「さて、次は仕事の内容の説明をする」


 仕事の内容といっても、そのままじゃなかろうか。

 ダンジョンを作り変えたり、修理したりする。

 リフォームと聞いてそれ以上の事は思いつかない。

 おそらく先ほどの行軍も仕事内容の一つなのだからよく想像ができない。


「迷宮改築師の仕事は主に三つ。

 修繕、調伏、増設。

 修繕は迷宮の修理。

 調伏は増長したボスの更生。

 増設は迷宮の部屋を増やすことだ。

 特に、修繕のことをよく肝に銘じておけ。

 修繕は他の二つよりも圧倒的に頻度が高い上、多種多様な魔道具を治すゆえに難易度も高い。新人がぶち当たる最初の壁であり、今回の依頼内容だ。

 初級とはだからといって手を抜かず、真剣にやれ。迷宮は何が起きるかわからない」


 修繕の方が大事だと言われたが、調伏の方が気になった。

 どう考えてもリフォームじゃない。

 更生てなんだ。

 なんで修理屋が不良生徒を更生する熱血教師みたいなことをしなくてはならないのか。

 俺は戦闘能力は微々たるものしかないし、お鉢が回ってこないことを祈ろう。

 というか、行軍……。仕事内容じゃないじゃないか。

 あれは何だったんだ……。


「イエス、マム!」


 心が暗黒面に吸い寄せられかけたので軍隊式の返事で自分を律する。

 上官には絶対服従でそれ以外思考する必要はないという鉄の掟を自分に言い聞かせることで、精神へのダメージを考えないようにする。


「なんだその変な返事は?」

「故郷の返事です」


 俺はそう機械的に応える。


「ふむ。気に入らんが、悪くもない、その返事を許可しよう」


 シェーンはつれない態度だが、顔を見るにまんざらでもないようだ。

 鉄の心はシェーンとの相性はいいらしい。

 これから朝までレクチャーだが、これならいけるかもしれない。 


「だが、今日のレクチャーはこれでしまいだ。迷宮改築師の何たるかをたたき込めていないが、貴様の貧弱なステータスでは朝まで耐えきれないだろう。明日の仕事でお荷物になられても困るからな」

「朝まではきつかったんで助かります」

 

 それを聞くと気が抜けて、心に張り付けた鉄のメッキがはがれた。

 助かったには助かったが、なんか尻すぼみ感がぬぐえない。

 さっき、ちょうど気合を入れなおしたところなのに。

 このスパルタ系上司がこんな中途半端なところ放り出したので、気になる。


 思えば、説明にもかなりの偏りがある気がする。

 あれはレクチャーというよりは、何が重要であるか俺に刻みこむ作業だったような気がする。

 あそこで重点的に語られたのは、深淵と修繕。

 奴は深淵を修繕するということを俺に刻みこみたかったということだ。


 目的は何だ。


 あと少しまで来ているのになにかが足らない。

 何がたりないんだ。

 もうピースはそろっているはずなのに、つなげ方が全くわからん。

 リザードマンて爬虫類だし、もしかしたら、脳が小さくなっているやもしれん。


 俺はまんじりともせずに、そのことについて考えていたが、結局何もわからなかった。








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