02 圧迫面接
太陽が中天に至る前。今は正午と二時の間の時間帯だ。
こんなあいまいな言い方になるのは俺が時計を所持しておらず、正確な時刻が分かっていないからだ。
だがこれは、俺のせいじゃない。
全ては時計が高いせいだ。とてもじゃないが平民の俺には手が届かないような値段設定の時計が悪い。
あの値段設定で手が届くのは貴族だけだ。
そう思うと体の奥からドロドロとした何かがせりあがって来た。
手から紙がつぶれるような音がする。
その音で俺は正気に戻り、せりあがって来た何かを体の奥に戻す。
今俺は面接を受けに行くために家を出たばかりだったのだ。こんなところで貴族へのいら立ちを解放してもしょうがない。
握りつぶしてしまったチラシを広げ、そこに書かれた地図を見る。
地図にかかれた面接会場までの道筋を、再度頭の中に叩き込む。
しばらくすると、そらでも道順が頭の中に浮かぶようになった。
これでおそらく大丈夫だろう。
面接会場に向けて歩を進める。
ちゃんとチラシの地図を見て、道順も間違えなかったのだが、俺は大きな問題に直面した。
地図通り来たら、そこには禍々しく大きな黒い城が鎮座していたのだ。
どう見ても魔王城にしか見えない。
だが、金細工で豪奢に飾り付けられた門には
迷宮改築師事務所
と確かに書いてある。
俺は建物の景観と表札どちらを信じればいいのだろうか?
城と表札を交互に見るが答えは出るわけもなく、時間だけが過ぎていく。
ええい、ままよ!
何だかやばそうな気もするがそれだけでここから引き返すのも何なので、迷った苛立ちをばねにして門の敷居をまたぐ。
門の敷居またいで、城内に入ると庭の手入れをしていたメイドに案内され、執務室のような部屋に案内された。
瀟洒なレイピアに光り輝くオーブ、左右には整列するメイド。
その豪華絢爛を形にしたような部屋の縦長テーブルで俺はおっさんと向かい合っていた。
「儂は、フリッシュ家第13代当主、ラルフ・フリッシュである!
迷宮改築師事務所所長と魔王を兼任しておる!
貴様は何者かあ!?」
2メートルくらいあるおっさんが大音声で宣う。
やっぱり魔王だった。
反則だろ、魔王城も迷宮改築師事務所、どっちもだなんて……。
城と表札を見て、小一時間どっちか迷ってた俺がばかみたいじゃないか。
しかも立派な髭を蓄えた長身のおっさんがいれば、事務所のお偉いさんでやっぱり迷宮改築師事務所だったんだと思うじゃないか。
なんで自己紹介に至って、魔王ていうんだよ。
迷宮改築師を隠れ蓑にして、手下にする気満々じゃねえか。
魔王から逃げる自信があったけど、魔王以外にもメイドに固められてるし、逃げれないだろこれ……。
状況を鑑みて、焦せりと恐怖に駆られていると咳払いが聞えた。
そういえば、魔王に何者か聞かれたのだった……。
名乗りたくないが、名乗らなければバッドエンド確定だ。
「……私の名前はリード。氏は有りません。種族はリザードマン。今のところは冒険者をしているだけの身です」
しぶしぶ、簡単な素性を名乗ると魔王は眉間にしわを寄せた。
「なぁに!?
リザードマンだと貴様!!
魔力を持っておらん種族ではないか!
魔法も使えんなど論外だぞ!」
魔王が大声で怒鳴る。
あからさまに怒っている。
俺のこいつへの恐怖のパラメーターがぶっち切れた。
魔王に睨まれたトカゲ、もとい蛇に睨まれたカエルのような気分になる。
こいつが前に居なければ、俺はささっと失神していただろう。
どうする?
ここで魔法ができないという誤解を解かなければ死ぬし、誤解を解いてしまえば、また採用への道が開けてしまう。
死ねばここで、バッドエンド。しかもコンティニュー不可能だ。
だが迷宮改築師兼魔王の手下になれば、衛兵にマークされ、スパルタのような訓練を受けることになる。
後者の方がまだましだが、死ぬより恐ろしい目に合いそうな気もしないこともない。
とやかく考えてもしょうがないか……。
フィーリングに従おう。
土魔法で床を隆起させる。
「何、魔法が使えるだ、と!?
しかも、無詠唱か。
低級魔法とは言え、相当使い込んでおるな」
魔王が評価を一転したらしい。
まあ、褒められるのは悪い気分じゃない。
採用に近づいているのはごめんだが。
「だが、貴様!
儂の自慢の城を変形させるとは何事じゃ!
貴様には儂の元について無給で一生働いてもらう。
儂のプライドを傷つけた罰じゃ」
無給てあんた……。
ブラック超えたダークマター企業じゃないか。
希望がなさ過ぎて、働いてる途中に昇天しかねん。
もう可能性とか、状況とかを気にしてる場合ではない。
逃げなければ!
なぜか決めれば早いもので、恐怖で硬直していたのが嘘のように俺は魔王に背を向けて軽やかに走り出せた。
「逃げるつもりか、貴様!」
背後から魔王の大音声が聞こえる。
俺に向けてメイドの少女たちが殺到する。
とびかかって来る少女たちを華麗な身のこなしで回避し、包囲網を何とか超えた。
だが、息が上がってしまった。
このまま正攻法で玄関まで逃げれば、体力がきれるのは時間の問題だ。
この部屋から出て、廊下の窓から飛び出るしかない。
大けがは間違いないがそれしかないだろう。
ICANFLYの精神で行けばなんとかなる。奇妙な確信が湧いてきた。
部屋から早く脱出しようと扉を開けるとドレスを着た女が立っていた。
切れ長の目をした、理知的なクールビューティといった感じの女だ。
魔王の愛人か、なにかか?
正確なことはわからないが、たぶんこの家の関係者だろう。
詰んだ。
だがまだ終われるわけが、状況的に終わったとしても我が生涯は一生続くのだ。
状況程度で一生を棒に振るわけにはいくわけがない。
大丈夫だ。まだ手は残されている。
「お、鬼のような魔王に騙されて、魔王の親衛隊に入れられそうなんです!助けてください!なんでもしますから」
俺は女に縋りついて、助けを求める。
情けないことこの上ないが、一時の恥と自由な人生、比べるまでもない。
頭に細い指が添えられた。
「あっ?あああああああああ!?」
次の瞬間、万力のような力が込められた。
「貴様!父上と、我が家を侮辱するとはいい度胸だ!
私がみっちりしごいてやろう!」
「 でかしたぞ!シェーン!
さすが、わしの娘じゃ!」
「お嬢様、あまり外の者に触れてはいけません。雑菌がつきますよ」
抵抗むなしく捕まった。
娘か……。まあ冷静に分かったかもしれないが。
焦って状況のことなどかなぐり捨ててたからな。
チクショウ……。やっはり状況は重要だったか……。
それよりも最後にしゃべった奴は誰なんだろう。
捕まった人間のことをディスるなんて倫理的にダメだろ。
小学校で教わらなかったのかよ。
そういえばここ小学校なかったな。
そんなことを考えているとアイアンクローから解放され、椅子に座らされた。
もう逃亡は考えられない。
逃げられないことはアイアンクローでこの体に刻まれた。
改めて魔王を見る。
左右に娘と、赤髪のメイドの少女が並ぶ。
茶髪に、切れ長の目。
改めて見ると体型は全然似てないが、父娘確かに似ている
メイドの少女も家族かと思い見ると、あまり似ていなかった。
ただのメイドだろう。
よく見てみると、昨日のチラシの少女に雰囲気と髪色が似ている気がする。
でも黒のメッシュが入っていたし違うか。
「リード!
貴様にはこれから儂に仕えてもらう!
まず手始めに初級迷宮の修復じゃ!
我が娘、シェーンを同伴させる。
逃げようとは考えんことだな」
「ええ……魔王様、さすがに採用初日から仕事を任せるのはさすがにハイペースすぎるんじゃ……」
俺ができるだけ相手の神経をなでないように控えめに物申すと、魔王の娘が鋭い眼光で睨んできた。
「父上!
こ奴はたるんでいます!
このシェーン同伴がてら、訓練を施してもよいでしょうか!」
「うむ、許す!」
声のでかい親子の会話を諦念の極致で見つめる。
温情のかけらもない……。
本人の意思も確認してないのに。
魔王の娘は扉まで行くと振り返って、
「さあ、トカゲ、私についてこい!」
と大音声で言う。
俺はガキ大将の腰巾着になった気分でついていく。
今日俺は、迷宮改築師事務所に採用された。