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「……これでよかっただろう」


 日中だというのにさびれている広場で、俺は自分にそう言い聞かせていた。

 こんなことをしているのは頭の中で、「辞退してくれませんか」というあの言葉がリピートしているからだ。

 その言葉のせいで自分の下した判断に陰りが射す。

 あの悪魔のような提案に俺は本当にイエスと答えてよかったのか?と。

 

 だがあの場でとれた選択肢はそれしかなかったはずだ。

 役立たずになり下がり、改善の余地もない。しかも俺が消えればフォローが入れられるようになる。

 それに俺の迷宮改築師の仕事は床を修理をした時点で終わっていた。

 だというのに、言葉はリピートし続ける。それをやり直せと言うように。

 ノーといったところで何になったというのだ。

 アイツらにエレベーターのことを話した挙句、トリシュとは敵対、迷宮では相変わらず役立たずのまま。


 まさかそうなれというのか?誰が幸せになる。

 誰も……。

 そこで違和感に襲われた。

 誰も幸せにならない?本当か?

 ノーといえば、トリシュは正しい事実を知ることにできる。

 それは幸せではないのか?

 俺のような奴を命の恩人と勘違いしたまま接するよりは幸せだろう。

 俺という加害者に騙されたままの最悪の状態から、俺が加害者だと理解する――普通の状態まで回復することができる。

 選ぶべきではなかったのだろうか、ノーという選択肢を。

 頭では理解できた。だが――


「……そんなのできるわけないだろう」


 それが正しいとわかっているのに、身体も心も動かなかった。

 今ならまだ間に会うというのに。


 消えない幻聴に悩まされながら誰もいない広場を眺める。

 元々トリシュを救出した直後に言うべきだったはずのことを今まで先延ばしに来たのだ。

 先延ばしにしてきたことを今言えるはずがない。


 足音が聞えた。

 そいつはまっすぐこちらに進んでくる。

 そういうことになることを何故想像できなかったのだろう。

 命の恩人と勘違いしているトリシュが俺に情けを掛けるだろうことに。


「リーさん。モンスターにやられたことは残念な事だったけど、仕事をちゃんと達成したんだ。後はあたしとアルテさんに任せて、リーさんは講習で技術を習得することに専念すればいいよ。だからこんなところにいないで屋敷に戻ろう」


 普段は無口なトリシュが俺のために長い慰めの言葉を紡いだ。

 優しい言葉が妙にとげとげしく胸に刺さる。

 トリシュへの罪悪感と相乗され、心がズタズタになる。


「俺に気を遣う必要なんてないぞ」


 苦しまぎれにそんな言葉を吐き捨てる。

 今の俺にはトリシュと接することはきつかった。

 このまま、こちらに無条件の好意で接されたら罪悪感で壊れてしまう。


「リーさんには、返せない恩もあるし、気遣うなていう方が無理でしょ」


 恩。

 真逆だ。お前は俺に恨みを持ったなければならないのだ。

 仲間を奪い。死体を食わせ。今なお騙し続ける。

 そんな人間には死をもって償わせるのが必要だろう。


 俺は罰を受けなければならない。

 正統な方法で。

 これだけの罪悪感に苦しまなければ、言う気にもならないのか俺は……。


「トリシュ。それは勘違いだ。恩じゃなくお前は俺を恨んまなきゃいけないんだ。

 俺があのエレベーター事故を起こした張本人なんだから」


 トリシュは理解が及ばないようで、俺を凝視した。


「どういうこと……」


 彼女の口から洩れた言葉は詰問ではなく、つぶやくのような響きだった。

 これから失望され、怒りを持たれると思うと非常に心苦しい。


「俺はあの日お前らが来る前、腹いせに迷宮のエレベーターに魔力を通した。そして、その直後、お前らのエレベーター事故が発生した。おそらく俺が魔力を通したことが原因で魔方陣が劣化して、お前らが中に入るころになってエレベーターが壊れた」


 トリシュは困惑した表情になっている。

 自分が恩人だと思っていたらまさかの加害者だったのだ。

 理解が追いつかないのだろう。


 困惑するトリシュの前で額を地面につけて、土下座する。

 彼女ができるだけ現状がどういうことになっているのか理解できるように。


「すまなかった。俺のくだらない行動のせいでお前の仲間を殺した。償っても償いきれない。

一生を持って償っていきたいと思っている。お前がそれを望まず今すぐ殺すというならそうしてくれ。俺には拒絶できる権利などない」


 トリシュに取り返しのつかことをしたことと、償うことを表明した。

 地面に額をつけているため、彼女の表情はわからない。

 だが、もうこれで理解しただろう。


「はあ、別にリーさん、あんたがそれを気に病むことはないんじゃない」


 溜息のような音と、少しがっかりしたような声が聞えた。

 自分が想像したものよりもトリシュの反応は穏やかなものだ。

 むしろ、人を馬鹿にしているような感がある。


「でも、それは俺が……」

「リーさんの言ってることは、みんなで使っている剣を自分が乱暴に扱って、それから次の奴が使ったらたまたま限界がきて壊れた。そんなような話でしょ。そんなのは使う奴の運が悪かっただけで、自分には責任はないと思うけど」


 確かに言われればそうかもしれないが、結果があまりにもひどいだろうに。

 ひどい目にあった張本人だというのにどうしてそんなふうに割り切れるんだ。


「運が悪い奴に同情したいのはわかるけど、気に病むレベルでするのは人が良すぎるし、自分がしたことで他人の生死を決まったて言うのは驕ってるようにしか聞こえないな」


 こちらの葛藤など知らずに、トリシュは言葉を紡ぐ。

 彼女の言動は彼女自身に対してあまりにも厳しすぎる。

 運が悪かった。

 それで済ませられるほど、あのエレベーターで起こったことは軽いことか?


「あれだけのことが合って、運が悪かったで、済ます。お前の方が驕りじゃないのか?仲間が死んだんだぞ……。それをお前みたいな子供ひとりに背負わせる。そんな残酷なことがあるか!」

「ふざけんな! あたしは餓鬼族で冒険者だ。仲間が死ぬことがあるって覚悟してたし、種族柄共食いになることを承知していた。リーさん、確かにあんたにはあそこでシェーンさんにとりなしてくれた恩がある。だけど、これ以上あたしを侮辱するならあたしも容赦しない」


 頭を上げると憤怒の表情で彼女は立っていた。

 この少女は強すぎることを理解する。

 思えば、エレベーターの時、彼女は絶望などしていなかった。

 あの時彼女はの目はぎらついて、こちらが尻もちをつくほどの生きる意志にあふれていた。

 トリシュは最初から俺のような弱い奴の領域にいなかったのだ。

 余りにもその在り方は強すぎる。


「あたしの仲間たちだって、あんたに同情されるほど弱くはない。あいつらは冒険者になった時に死ぬことは覚悟していたし、死ぬ直後だって後悔したなんて言わなかった」


 俺はどうやら、勘違いしていたようだ。

 彼女たちは俺のことなどは歯牙にもかけていない。

 ただ、壊れかけのエレベーターに先に乗って、何も起きなかった運のいい奴。

 その程度だ。

 俺など、路傍の石の程度にしか認識していない。

 ただそれだけ。

 それだけの存在でしかなかった。


「俺の勘違い……」


 口からは言葉が漏れた。


「ああ、そうだよ。リーさん。前から弱いと思てたけど、心も弱かっただね」


 心底馬鹿にした口調でトリシュは言う。


「あたし、口下手だけど誤解が解けて良かったよ。リーさん。屋敷に戻ろう」


 俺は自分の馬鹿さ加減に呆れた。

 だがこれまでどうりトリシュに対して罪があると思うし、償う必要があるという思いは変わらない。

 トリシュのようにすべて割り切れる程俺は強くない。

 だから、俺は弱い奴なりのやり方で立ち回っていく。


「ああ。こっちも助かったよ」


――おそらくもう俺は幻術に囚われることはない。迷宮に入って仕事を完遂しよう。決意したのにすべてをトリシュにぶん投げるのは罰当たりすぎる。







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