134 二つの世界
久しぶりに訪れた事務所の執務室。
その中央には光の粒子を放ちながら記憶で見た黒髪の青年――ラルフが立っており、近くの執務机の椅子には俺をとっちめた赤髪のラルフがぐったりとして椅子に腰かけていた。
少し理解が追いつかずに状況を把握するため、執務室全体に視線を這わせていくと、ソファにシェーンが横たえられているのが見えた。
「よく来た。最後の戦いを始めよう」
黒髪のラルフがそういうといきなり、景色が変わった。
俺の目の前には石造りの大広間が広がっていた。
ここがどういう場所かはよくわからないが。
先ほどの奴の言葉でここが決戦場だということはすぐに理解できる。
だが奴が何をしようとして、なぜそれをスリートが止めようとしているのかはまだ把握できていない。
「あんたは何をしようとしているんだ?」
それを知るためにラルフに向けて問を投げかける。
「……知りたいのか。お前はこちらの都合で犠牲になるのだからし、俺も答える必要が在るか」
奴は確認するようにそういうとこちらに、まっすぐ眼差しを向けてきた。
その瞳からは使命感のようなものが感じられる。
「ただ俺は家族に死を強いるこの壊れた世界を否定し、俺の家族が生きられるように修復しようとしているだけだ」
奴の視線に射抜かれていると、静かだが熱情をこもった声が鼓膜を揺らす。
その声を聞いて、奴が硬い決意をしてこのことをしたということが理解できた。
「まさかお前がこの世界を修復できる存在だとはな……。イコナと存在を重ねる前で神に成れる存在だとは想像さえしていなかった。記述がグチャグチャにされて信仰が復活する未来が記述されたときは悪意の塊のような奴だと思っていたのに」
それからラルフは自分が闘う意義を確認するようにつらつらと語る。
意図せずにそうなってしまったというのに悪意の塊などひどい言われようだ。
「だが修復できる存在だからと言って、神として大人しく死ぬ気など起こらんだろう」
奴は確認するようにそういうと、どこから取り出したのか知らないが本をこちらに投げかけてきた。
それをキャッチして、確認する。
そいつは表紙には何も書いていないなんの特徴のない本だった。
本という概念を具現化しような存在だ。
おそらくこいつは奴が何度も言っていた『神の書』というものだろう。
こいつを投げてきたということは読めということか。
本を開く。
すると一つの線から2つの線が分岐しているところが描かれたページが見えた。
その線を見ているともう一方のページに記述が表示されていく。
そこには鍵括弧のなかに何も書かれていないものについての記述されていた。
虫食いについて。前ラルフが俺は記述では虫食いとして表示されると言っていたことから考えると俺のことについてだ。
そこには始神を葬ることで、トリシュが生存するという記述があった。
そのページを確認すると一方の線の分岐の描かれたページが白紙になり、記述が施され始めた。
その記述はラルフのことについて書かれていた。
大筋はイコナとシェーンが生きる未来についてだったがそことは別の場所で俺の目は釘付けにされる。
そこにはトリシュが生存する記述がされていた。
それは俺が負けたとしてもトリシュは生存するということだ。
俺がこれから戦う意義のあるのか?
それを見ると自分がこれからやることに対してそう疑念が生じた。
奴が修復した世界では俺は死ぬが、トリシュもスリートもシェーンもみんな生存でき、俺が修復した世界では確実にスリートもシェーンも消えるのだ。
どう見てもラルフが修復する世界の方がましだった。
『それは上面絵だけのことですよ、リード。ラルフが選ぶ世界では私は自分が大切だと思う人を二人とも犠牲にして生きるんですから。大切な人たちを犠牲にして生き残った者がどんな気持ちになるのか考えてください』
そう言われて、ラルフの世界ではスリートが苦しんで生きることになることに思いあたる。
『私はあなたに死んでほしくはありませんし、元々死ぬはずだったんですから私たちは死ななければならないんです。だから自分が選択する世界で私が苦しむこともわからなくなるほど追い詰められたあの人を解放してあげてください』
……確かに苦しむかもしれないが、お前は生きたくはないのか?
スリートに向けてその疑問をぶつける。今の奴はしょうがないからあきらめているようにしか見えない。
これはそれで終わらせていいことではない。
『決められていたことです。だからそれに従うべきです』
奴は生きたいという願望を否定せずにそう答える。
その言葉で、俺自身の考えが決まった。
そして再び『神の書』に目を通し、先ほどはなかった記述が生じるのを見ると自分の選択に納得できた。
「ああ、お前の言う通り。俺はすべてのことを無視して消えることはできない」
『神の書』を置き、奴に向けて返事を返す。
するとラルフは全身から黒と白のオーラを立ち上げ始めた。
俺の返事が戦いを始める合図になったようだ。
こちらも戦闘態勢に入る。




