幕間⑱ 壊れた迷宮
『家族の笑顔だけは絶やしちゃなんね。一番大切なものだからな。そのためにも今日一日頑張るか』
もうすぐ終わりが近いだろうからか、大昔に会った人間の言葉を思い出した。
あの当時の俺には一番しっくりくる言葉だった気がする。
人間たちが当たり前に守らなくちゃいけないこれを取り戻すためにいろいろなものと年月を犠牲にした。
いつまでも執務室で物思いに耽っているわけにもいかないので椅子から立ち上がろうとすると、空気が揺れた。
すると、シェーンが執務室の真ん中に現れる。
これはおそらく転移。ブレントの仕業だろう。
「父上、疑うわけではないのですが、何故我々は人を害し続けるのですか?」
シェーンは顔を伏せて、こちらにそう尋ねてきた。
「シェーン。それは昔、私が魔王で人間嫌いだからといったはずですが」
自分の行いをなじられているように感じて、胸に痛みを覚えながらも娘に対して返事を返す。
シェーンはこちらの言葉を聞くと、顔を上げて訝し気な顔をした。
「ですが、父上の態度は矛盾しているではありませんか……」
娘に指摘されて、諦念に似たような感情がこみあげてきた。
必死に隠していたがバレていたのか……。
娘の再度見る。シェーンの表情は困惑しているように見える。
おそらく俺の真意には気づいていないだろう。
「リードと手合わせして、何か言われたのですか?」
おそらくリード――イコナがシェーンに俺に疑義を挟みこむようにけしかけたのだろう。
あいつも俺を止めるのに必死だからな。
「いえ、リードは関係ありません。自分の中で疑問に思ったから言っているのです」
シェーンはいきなり無表情になるとそう答えた。
その様子で嘘だと確信した。
俺に似て、この子には嘘を吐くときに無表情になる癖があるからだ。
「嘘だとバレバレですよ、シェーン」
そう指摘するとシェーンはこちらに近付いて来る。
「教えてください父上! 本当は人のことをどうお思いなのですか?」
そして目の前まで来るとシェーンはそう懇願するように問いかけてきた。
その態度でこちらがちゃんと答えるまで引き下がらないだろうとわかった。
「ああ、おまえの思っている通りだ。俺は本当は人間のことを嫌っていないよ。むしろ憧れている。人の在り方に。世界に存在を肯定され続ける人のことを否定され続けている俺が羨まない理由もないだろう」
真意を語るとともに娘を眠りに誘う。
これ以上言って娘に自分が惨めな存在だとは知ってほしくはない。
ここで話を終わらせるのは娘のためでも自分のためでもある。
自分が世界を起動させるためだけに生み出された道具の残滓などと誰も知りたくないし、話したくもないだろう。
「父上、何……を?」
シェーンはそういうと目を閉じながら頽れていく。
「シェーン。俺はお前らとともにはいけない。あっちではお前がイコナを支えてくれ」
娘を倒れるところを抱き寄せるとそう最後の頼みごとをする。
シェーンには聞こえていたかどうかわからないが、きっと守ってくれるだろう。
この子は優しい子だから。
そう思うともう心残りはないような気がした。
「光と闇の精。こっちに来い」
もしものときのためにシェーンに、よこしていた精霊――神の権能にこちらにもどってくるように告げる。
小さな太陽のようなものと、黒い塊がこちらの胸に飛び込む。
これで、一柱分の神の権能を取り戻した。
信仰も人々がこちらを信仰することを見逃すことによって満たし、あとは破壊と創造の神聖力だけだ。
だが、時間の問題だろう。
魔王から飛び出して形を成した破壊と創造の神聖力――深淵は破壊され、神聖力は先ほどからこちらに送られている。
あとは勇者であるエスカが打倒されれば、二柱の神がこの世に散らばらせた神聖力が解放され、神の権能を持つ者の元に戻ることになるのだから。
時間はかからないだろう。
そう思っていると光の奔流が空に上がっていくところが見えた。
本当に時間はかからなかった……。
全ての条件が満たされ、神の権能を持つ者たちが神として認識された。
手を見るとほどけて光の粒子になっていくのが見える。
急いでイコナの体から出る。
何万年ぶりか自分の体で地を踏みしめた。
すぐに執務室の椅子に座るイコナの体を振り返ってみる。
崩壊せずにちゃんとそこにあった。
体のみでも神として認識されるかもしれないという懸念があったが、杞憂だったらしい。
あとは最後の戦いさえ乗り越えれば、目的は果たされる。
2柱の始神として俺とリードが認識されることによって、死ぬはずだった始神の帳尻があう。
これでイコナとシェーンは始神として定められた運命から解放される。
信仰されることで神として認識されることに怯え、虐殺をする必要に迫られることも無ければ、魔王や勇者のような人間たちを狂わせることも無くなる。
きっとその世界ならば、イコナもシェーンも何も気負わずに笑って生きれる。
やっとこの壊れた迷宮を修復し、家族を脱出させることができるのだ。
ここまで来るまでに何万年もあがき続けた。
そのためにも最後の戦い――リードとの戦いを乗り越えなければならない。
今、『神の書』には2つの分岐が生じている。
一つは戦いで俺が勝利し、俺とリードを始神として葬ることでイコナとシェーンを神の運命から解放するもの。
一つは虫食い――リードが勝利し、俺とイコナ――本来の始神を葬りさり、トリシュを取り戻すもの。
2つの分岐があるということはどちらになってもおかしくないということ。
俺とリードがまったく互角であるということを表している。
こちらが覚悟を固めていると、足音が聞えた。
足音のした方を見ると、光の粒子を放出する白髪の男――リードが立っていた。
「よく来た。最後の戦いを始めよう」
奴に向けてそう語り掛ける。




