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15 上司の気は変わりやすい




「なあ、ショット。あの稽古意味あるのか?」


 早朝講習の開かれる前、俺は痛む体をさすりながらショットに尋ねる。

 ショットは、ルーティンの剣の手入れをしながら返事をする。


「ある。

得物を持った時に、思考を自分から切り離すのが目的だからな。お前たちはとりあえず、何がなんだかわからなくなるまで得物を振ればいいんだよ」

「それでもなあ、二時間近く、ひたすら槍で突撃し続けるのもきついものがあるぞ。もっとほかになんかないのか」

「あったらそれやってんだろ……。文句ばっか言うんじゃねえよ。初めは何でもつらいもんだ。我慢して楽しくなるまで待て」


 俺が文句を言うと、ショットは耳が痛いといった感じでそんなことを言った。

 ショットもショットなりの配慮をしてやっているつもりなのだろう。

 しかし、配慮のレベルをもう少し上げてほしい。

 

 俺の体はあの苛烈な稽古のおかげで、筋肉痛と疼痛に襲われている。

 一回の稽古でここまでガタが来ているのは俺が魔法を覚えて以来、槍の稽古をしておらずなれていないのもあるのだが。

 やはり一番はショットの木刀での迎撃の強烈さにある。


 ショットは手加減しているつもりなのだと思うが、木刀で槍をいなされると腕が軋みを上げるのだ。

 正直やっている途中で腕が、引きちぎれるんじゃないかと思った。

 稽古で腕が引きちぎれるなんて冗談じゃない。


 先ほど文句を言った感触からすると、ショットはおそらくあれ以上の手加減をすることができないのだろう。

 ショットの性格なら、まだ手加減できるのならそう言っている。

 言わないということはそういうことだ。


 稽古のつらさに物憂げな気持ちになり、ぼんやりと大樹を見つめる。


「それでは、今回の講習を始めたいと思います」


 しばらくすると、先生の声が聞こえてきた。

 時間の感覚が戻って来る。

 大樹から視線を先生に固定し、話を聞く姿勢を取る。


「今日は二級魔法を学んでもらう事の意義についての説明と昨日と引き続き、二級魔法の演習を行ってもらいます」


 そういえば、二級魔法をならう意義についてはあまり知らない。


「では、まず二級魔法を学ぶ意義について、説明したいと思います」


 そう前置きを置くと先生――ハーレーは説明を始めた。

 説明を始めるとまず、自分が一人で迷宮に仕事を行った時の話をはじめ、それで得た教訓を語り、魔法がモンスターの撃退、魔道具の仕組みの理解に役立つことを述べた。

 それから、話の舞台は魔法学校に移り、魔法のノウハウを学び、魔法のすばらしさと奥の深さに心酔したことに変わり、気づいたころには半生を語るような超大巨編になっていた。

 

 話が終わった現在、生徒の7割がいびきをかいている。

 いかんせん親切心で中級魔法以外の必要性を説くために、話を拡大し過ぎたのが原因だろう。

 彼女の鋼のような親切心ももう少し臨機応変に使い分けられるといいかもしれない。

 先生は寝ている生徒たちを見ると、手をたたいて、


「皆さん起きてください。二級魔法の演習に行きますよ」


 鈴のような声で呼びかける。その声から怒気のようなものは感じられない。

 自分が話をしている時に眠られたら少しくらいイライラしてもしょうがないだろうに。 

 本当にこの人は優しい人間だ。


 先生は別に臨機応変にならずともこれでいいかと俺は思った。







 実演場にたどり着くと、各々生徒たちは練習し始めた。

 ほとんどの奴らは、成功させてないものの、大きな失敗もしていない。

 俺は昨日、後半二級魔法を成功させたが、前半二級火魔法で大自爆した。

 前半のインパクトが強いので他の奴らにそういう奴というイメージしか残ってないのだろう。

 練習をしようとすると他の奴らが期待した眼差しで見てくる。


「お前、他の奴からめちゃくちゃ見られてるな」


 ショットよ。

 何故お前は人が気にしてることをわざわざ口に出すんだ……。


「ショット、奴らを見てるから、見られてると感じるんだ。気にするな」

「いや、こっちが見なくても、見られてんのに変わりねえだろ」


 ショットはあけすけな口調でいう。奴は察するという行為ができないのだろうか。

 まあ、いつまでも他の奴らのことを気にしてる俺も大概だが。


 もう魔法の原理も知っている。大きな失敗をすることはない。

 たとえ、失敗したとしてももう一回やらかしてるし、変りはないだろう。

 気構えてやる必要もない。


 まずは二級火魔法『ボム』から発動することにする。

 今日の俺は、昨日の何も知らない俺とは違う。

 おそらく成功する。

 手順を順に確認して試行する。

 セオリーをふんで、火7、水3だ。


 パン。


 足元で乾いた音が鳴る。 見ると、足元にクレーターがあった。

 ……成功だ。

 周りの奴らを見ると、つまらなそうな顔をして魔法の練習を再開し始めた。

 成功するところを見せたし、次に失敗しない限りは大きく視線を集めることはないだろう。


 くそ、あいつらめ! 失敗したら、目いっぱいガンミしてやるわ!

 そうを思いながらも、悔しいができないことは理解していた。

 セオリー踏んでないやつなんていないし、練習で集中しているときに他の奴が失敗しても気づくことはない。

 俺みたいにデカい失敗をしない限り、練習に集中してる時に他人の失敗に気づけるわけがないのだから。

 

 現実的じゃないし、下らないことで私怨を晴らそうとしてもしょうがない。

 暗い感情を意識の端に押しやって、練習を再開する。

 次は水、土、風の二級魔法。

 どんなことでも反復が大事だ。


「なあ、リード」


 反復練習をしていると、ショットが話しかけてきた。

 おおよそ、単調な魔法の実演に刺激が欲しくなってきたのだろう。

 こちらも満更でもないので、魔法を発動しながら、返事を返す。


「ああ、なんだ?」

「お前、前フリジから来たて言ってただろう?」


 確かに、いった。

 昼飯時に「フリジはサブ過ぎてヤバい!上司がパワハラ過ぎてヤバい!」とか愚痴とともに言っていた。

 だが、それがどうしたというのだろう?

 もしかして、同じ魔王であるラルフと確執でもあるというのだろうか。

 ラルフが他の魔王にケンカを売るところなど想像に易すぎる。


 やばくないか、これ……。

 ビビりながら、返事をする。


「ひ、昼飯の時に言ったな。それがどうした?」

「いや、そっちにある《始神の墓》てところ、知ってるか聞きたかっただけだよ」


 想像に反したことを聞いてきた。

 シジンのハカ?

 そんなものは見たことも聞いたこともない。

 知らない事柄だが、素直に知らないと言ったら、何だかすぐ会話が途切れそうな気がする。

 それもそれで何だか嫌だな。知ったかでも、話をするくらいなら行けるだろう。


「お、おお。知ってるぞ。《シジンのハカ》だろ。あれだよな。あれ」


 俺がそういうと、ショットは眉間にしわを寄せた。

 それから、比喩ではなく文字通り、目の色が変わる。

 左目が、いつもの緑色から黄色に変わって、淡い光を纏っていた。

 その怪しく光る眼に釘付けになって膠着する。

 しばらく見つめ合ったままでいるとショットは舌打ちした。


「なんだ、嘘じゃねえか……。知ってるていうのならグレーだが、他の奴には冗談でも《始神の墓》に入ったなんていうんじゃねえぞ。殺されかねねえからな」


 そう言って、ショットは魔法の練習に戻る。

 それからしばらく俺は話かけられなかった。

 奴が不機嫌そうだったし、一瞬だけだが本当に殺意を感じたからだ。


―|―|―


 ショットの稽古は今日も今日とて苛烈だった。

 奴が終わりを告げ、シャワーを浴びに行った後も、俺は芝生の上で立ち上がれずにいた。

 キツイ……。キツ過ぎる……。

 あのまま打ち込み続ければ、五体満足ではいられなかっただろう。

 俺がこんなだというのに、同じ稽古を受けていたダウニーは対照的。

 物足りないといった感じで、むっつりした顔をしながら素振りをしている。


「リード殿、この甘たるい稽古には何か意味があるんでしょうか……」


 ダウニーは素振りをしながら声を掛けてきた。

 どうやら、彼は俺とは逆のベクトルで不安があるようだ。

 俺はショットの稽古の真意を知っているし、諫めなければならない。


「ダウニー様、ショットも無駄な稽古などはするはずがありません。焦らずとも結果が出るまで待ちましょう」


 ダウニーをいさめるが、相変わらずしょっぱい顔のままだ。

 納得していないのだろう。

 真意を言えばダウニーも不詳ながらも納得すると思うのだが、ショットにダウニーに真意を言うなと口止めされている。

 それは使えない。ならばどうやって説得しようか……。

 考えを巡らせているとダウニーが口を開いた。


「僕にはそんな悠長に構っている時間はないんです。早くしない僕は……。僕は……」


 その口調がこの少年が一物を抱えている事を語っていた。

 こういうときはどうすればいいのだろうか。

 年食っているだけで俺は人生経験が豊富のではないので解法が分からない。

 グズグズ考えているとダウニーが煮詰まったようで口を開いた。


「リード殿、明日の早朝、《騎士の栄光》に向かいます」


 そのヤケクソのような言葉を聞いて、俺は静止しようとした。


「あなたに拒否権は在りません。これは命令です」


 だが、すぐにダウニーが二の句を次ぎ、俺は言葉を失った。

 気づいたときには手遅れ。


「……」


 怯えるように頭を抱える少年の隣で俺は黙るしかなかった。







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