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13 お礼を言うのは常識



 宙を手で掻く。

 手など動かす必要などないのに、何かをつかもうともがく。

 無様に体は虚空に踊り。体勢は崩れ。バランス感覚はめちゅくちゃ。

 目も、頭も、耳も、悲鳴を上げているというのに、風という暴力装置は止まる様子はない。


 落下するだけでこんなに空しく苦しいとは思わなかった。

 爽快感のようなものがあると思っていたが、実際はかけらもない。

 空気のすりこぎにかけられているようなものだ。


 風に妨げられ、瞬きのできない目が地面をを捉える。

 まだ距離はあるように見えても、この速度……。

 瞬きの間に地面とキスすることになるだろう。


 「止まれ。とまれ!止まれ!!」


 幾何もない距離にある地面に念じる

 祈りは空しく、全身が衝撃に襲われた。

 馬鹿みたいに痛いのと、口からドロリとしたものが出てくるのを感じる。


 なぜか俺はそこから、不自然にもう一度、地面に落ちた。

 それから、かすんだ眼に光が広がっていくのを感じる。


 視界がクリアになり、身体全体に敷き詰められたような痛みが消えた。

 視野の中にエルフの講師とショットの顔が入って来る。


「おい、大丈夫か~」

「リードさん、失敗はつきものですが、最小限にとどめるよう頑張りましょうね」


 のんきな声と、淡々とした励ましが聞こえる。

 エルフはそれだけ言うと視界の外に行き、ショットはそのまま俺をのぞき込んでいる。


 何が何だか理解できないが、ショットにとりあえず返事をする。


「ああ、大丈夫だ。何が起こたんだ?」

「順を追って話すぞ。

お前がしくじって、地面にでかいクレーター作って飛んでいた。

それから落下してきたところをハーレー先生がデカい水玉を作って、キャッチ。

水玉が解けるとぼろ雑巾みたくなったお前が出てきたから、またもや先生が出張って神聖術を掛けた。

お前がへまやって、先生が尻ぬぐいをしたて感じだな」


 なるほど。

 ショットの言で俺が何をやらかしたのか把握できた。

 どうやら、俺は今まで邪険にしてきたエルフに助けられたようだ。

 死にかけの人間を無償で助けるなど、俺のイメージにあるエルフとは180°違う。


 俺は糞野郎で先入観でひどい誤解をしていた。

 似た誰かの印象を、そのままそいつに適応させるなど間違っていたのだ。

 最初から間違って、またしでかした。

 前と同じパターンじゃないか。

 

 自分の感情のままに行動して、他人にしりぬぐいを押し付ける。

 俺はエレベーターの件から何も変わってなどいなかった。

 悪夢に出てくる亡霊共も成仏しないわけだ。

 最低最悪だ……。


「お前、先生に礼言ってないだろ。言って来いよ」


 恐怖に震えるこちらの胸中など知らないだろうショットはさらりと言ってのけた。

 恩がある相手に感謝する。至極当たり前のことだろう。

 だが、それどころではないのだ。

 ありがとうといったところで、間違いを再び犯した俺を亡霊たちは絶対に許さない。

 俺が苦しまないためにはどうすればいいのか?

 どう考えても俺が苦しむのは避けられない。


 そこに行きついて、自分が思ったことに嫌気がさしてきた。

 助られたら、自分の保身のことなどではなく、恩人のことを考えるのが常道なのだ。

 普通に考えれば自分が苦しもうが恩人に感謝することが普通なのに。

 自分がしでかしたことで自分がどれだけ苦しむのかに囚われていた。

 なんでこんなに糞野郎なのか。


 重い足を引きずり、ハーレーのところをめざす。

 走り寄っていているはずなのにひどく遅く感じた。

 俺はどうしてこうもノロマなのだろう。

 もっと早く動けないのか。

 やっとたどり着いたと思うと、ハーレーはにこりとして語り掛けてきた。


「どうされました?」

「いや、あの……その」


 俺はことここに至って、言葉を紡げない。

 引き下がってしまったらどうかとあまたれた心がささやいてくる。

 本当にそんなことでいいのか、いや、いい訳がない。

 先生はおれが邪険にしていたというのに他の生徒と分け隔てなく接し、あまつさえ、憎かろうこちらを助けたのだ。


 絶対にここで引き下がるなんてあってはならない。


 恩を受けたものに感謝しなければならないのだ。

 たとえ、その結果しなかった時と同じ結果待っていようとも。


「ハーレー先生……。先ほどはありがとうございました!」


 俺はハーレー先生に向けて、頭を下げた。

 それから自然と言葉が浮かんで、


「今まで、邪険な態度をとって、申し訳ありませんでした」


 そんな舌足らずな謝罪を述べていた。

 俺の姿を見て先生がどういう顔をしているのかはわからない。

 侮蔑か、呆れか、それとも奇異の眼差しか。

 おそらくそれらのうちのどれかだろう。


「顔を挙げてください、私は頭を下げられるような人間ではありません」


 先生はその中のどれでもない、少し悲し気な顔をしていた。

 俺の想像より先生の表情は芳しくなかった。

 胸が引き裂かれるような痛みに襲われる。

 

 俺の言葉は先生にとって重圧になったらしい。

 どうして俺はこうも空回りするのか……。

 忸怩たる思いに駆られる俺に、先生は言葉をつづけた。


「でも、あなたの気持ちはわかりました。あなたが打ち解けてくれるのなら私は嬉しいです」


 そう言って、先ほどとは真逆の晴れやかな顔で言った。


 助けられた……。


 俺は先生の親切さに今日で2度命を救われた。

 あまりの謝意に、言葉も出てこない。

 俺はこの恩を必ず返すと心に誓った。






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