94 開戦
チリチリと胸を焦がすような焦燥と父を思う感情が相克する。
身動きが取れない……。
そんなこちらのことなど知らず、レッドが口を開く。
「バルザック、その槍についている血は何だ? 何があったんだ?」
バルザックはレッドの言葉は聞くと空ろな目を槍に向けた。
その目はまるで光を失っていて、以前見た生気にあふれる目とは真逆だ。
奴が追い詰められているだろうことは、すぐに理解できた。
「ああ、これですか……。これはミーシャを殺した国民たちの血です。奴ら、ミーシャが動かなくなったからどうしてかと尋ねると『その女は罪あるものを擁護したので殺した』とほざいたんです。だから俺がそいつらを殺しました」
バルザックは何かを確認するように言葉を紡いで、左手に抱いた女の死体を強く抱きしめる。
「奴らは排除しなけければならないんです……。弱さにおぼれ、それを否定するものがいれば罪人だと言い、虐殺する。とてもじゃないが奴らがやっていることは、人間の所業じゃあない」
「……お前は俺たちが必死に守ろうとした国民を害するというのか、バルザック?」
荒々しい殺気を漏らすバルザックに、困惑した表情でレッドは問いかけた。
その言葉を聞くと奴は槍を持つ手を震わせ、狂気に襲われたように瞠目する。
うつろな目に、よく研がれた刃物のような鋭利な光が宿った。
その眼光をこちらに向ける。
「黙れ! 俺が守ろうとしたのはあんな奴らじゃない! ミーシャだけだ! それなのにあいつらはミーシャを殺しやがった! アイツらを生かす理由などあるのか? 俺が今やらなければならないのはあいつらを根絶やしにすることと、ミーシャを蘇らせることだ。邪魔をするならあんたたちでも容赦はしない」
バルザックは大土槍をこちらに向けて構えた。
構える途中で奴は、口から血をこぼしたが、まったく意に返していない。
奴のやせた体と口からの吐血。それで、奴が何かにおかされていることはわかった。
『リザードマンは魔力がないですから、土の精霊に魂を差し出したんでしょう。彼はそれだけ本気ということです……。バルザックに攻撃ができないというのなら引いてください。そんな生半可な覚悟では命を落とします。あなたが死ぬところなど二度と見たくありません……』
スリートは国を見捨てて、自分の命を取れと言う。だがそれではこの国にかかわった誰も報われない。
レッドも、魔王も、バルザックも、兵士たちも、国民たちも。
逃げることはできない。魔力を練る。
戦闘態勢に入ると城の方角から何かが飛んできた。こちらに迫ってくる。
それに当たらないように風魔法で兵士たちを除け、急いで回避する。
先ほどまでいた場所に、土煙が上がる。
着弾点には、ホットとボルフレディがいた。
ホットは無事だが、ボルフレディは肩と腹から血を流していた。
反射で神聖術をかける。
何か不都合が起こったことはそれで見て取れた。
ボルフレディが回復するのを見届けると、城の方角へ視線を飛ばす。
ホットとボルフレディを吹き飛ばした下手人がいるはずだ。
目を向けると土のマナの塊のような老人と真っ黒な人型がこちらに向けて飛んできていた。
老人は、バルザックの操る土のマナを凝縮した塊そのものに見える。
奴の正体はすぐに分かった。
『あの老人は土の精霊本体です……』
スリートが確信を肯定するようにそう答える。
「神聖術使いか……。面倒だ、ここで消させてもらおう」
真っ黒な人影は、俺に狙いを定めたように接近してきた。




