不眠不休のメイド業
メイドの仕事は忙しい。
ここが異世界だからなのか、はたまたそんなの関係無しに忙しいのかは分からない。
だが、とにかく、本当に、まじで、かなり忙しい。
それこそ、休む間どころかロクに睡眠も取れない。
ははっ、笑えねぇ(遠い目)
だが、しかし
ここまで忙しい理由に、私は少しばかり心当たりがあった。
いや、少しどころじゃない。十中八九、コレのせいだ。
それは、
「アーシャ! アーシャはどこだッ!!」
「!」
このお坊ちゃまのせいである。
「はい。 お坊ちゃま、お呼びですか?」
「アーシャ! 遅いぞっ!」
「申し訳ありません。」
おい、呼ばれて10秒も経たないで参上したのに遅いとは何様だ。
なんて愚痴は心の中でそっと零す。
これはいつものスタイルだ。
「おい、アーシャ」
「はい」
「ペンを落とした。 拾え」
「、・・・はい」
怒らない、怒らない・・・
そう自分を宥めつつ、私はそっとお坊ちゃまの傍に跪くと足元に転がっていたペンを拾い上げた。
そして、そのままお坊ちゃまの机と戻す・・・・・・わけもなく、サッとポケットから取り出したアルコールコットンと清潔なハンカチで汚れを拭うと、今度こそ机の上へとペンを置いた。
それを見ていたお坊ちゃまは、満足そうな・・・それでいて少しつまらなそうな表情を浮かべると、もう用は終わったと言わんばかりにしっしっと手を振った。
「では、失礼いたします。 お坊ちゃま」
「・・・・・・ふんッ」
ぺこりっと頭を一つ下げて部屋を出る。
そして、無意識にそっと息を吐く。
もうお分りだろう。
私の主人であるお坊ちゃまは、呆れるほどのわがままなのである。
というか、わがままだけではない。
人を困らせるのが好きという、とことんカスな性格なのである。
そんなお坊ちゃまのせいで、専属メイドである私の毎日は血反吐を吐くレベルで忙しい。
そしてまた一つ溜息が零れた。
そうこうしている間にも…
「アーシャ! おい、アーシャ!」
「・・・はぁ」
再びお坊ちゃまのお呼びである。
今度は何事だ…
「お坊ちゃま」
「アーシャ! 腹が減ったッ!」
「かしこまりました。 それでは、そろそろお紅茶とお菓子をお持ちします」
「ふっ・・・そうだな! 俺は今、“眠るフクロウ小屋”の・・・」
「本日のお紅茶はローズヒップを、それからお茶菓子は“眠るフクロウ小屋”のマカロンをご用意しております。」
「なっ・・・!」
「すぐにお待ちいたしますね」
「ッ、あぁっ!」
勝った。
お坊ちゃまの悔しそうな顔を見た私は内心で笑みをこぼした。
伊達に半年もこの自由奔放お坊ちゃまにお仕えしていない。
お坊ちゃまのわがままぶりにもとっくに慣れた。
そのかいあってか、そろそろ皇都で有名なお菓子屋さん・・・“眠るフクロウ小屋”の限定マカロンが食べたいと言い始めるんじゃないかと思い、前々から手配していたのが功を成した。
何でもかんでもお坊ちゃまの思い通りにはさせないぜッ!!!
そんなこんなでカチャカチャと音を立てて紅茶とマカロンを用意する。
まぁ、時間的にも小腹が空いたと言いそうな頃合いだったから、紅茶はとっくに蒸らして準備をしていたのだが・・・
その紅茶とマカロンをトレーに乗せると、私はまた内心で一人勝ち誇った気持ちになり、足取り軽くお坊ちゃまの部屋へと向かった。
「お坊ちゃま、お待たせしました。」
「・・・・・・・・・」
部屋へと到着するとお坊ちゃまはツーンとした顔で視線を明後日の方向へ向けていた。
「(・・・まだ拗ねてるんか)」
はぁ、と心で溜息を零す。
どうやらこのお坊ちゃまは私の事をとことん困らせたいらしく、日々新しいイタズラや迷惑ごとを用意しては、ニヤニヤと私が困る様を楽しんでいる。
が、私がそれを毎回ことごとく交わすものだから、この人はそれが面白くないと拗ねるのだ。
なんともはた迷惑なお人だ、こんちくしょう。
「・・・お坊ちゃま、ご用意できましたよ?」
「・・・・・・・・・」
「お坊ちゃま?」
「・・・・・・・・・」
根気よく声をかけてもこちらを見向きもしない。
視線の先へ回り込んでみたりもしたが、その度にプイッと反対へ顔を向ける。
これでは埒が明かない。
本来であれば主人の気まぐれなど使用人が相手をする必要もないのだろう。
場合によっては邪魔だと一言吐き捨てられ最悪職を失う。
しかし、お坊ちゃまのお父上である旦那様から(何故か)全幅の信頼を寄せられている私は「ロイドのことは君に任せた(満面の笑み)」と生活の一切どころか教育やらなんやらも任せられていて・・・・・・
まぁ、つまり、四六時中お坊ちゃまのお世話 = わがままにもお付き合い。というのが私の役目である。
なんで???
そんなこんなで一瞬意識が飛んでいたが、今の私がやるべきことは、目の前のご機嫌ナナメなお坊ちゃまのご機嫌とりである。めんどくせぇ。
「お坊ちゃま。 お紅茶が冷めてしまいますよ?」
「…そうしたらお前が淹れ直せ」
「…その場合、茶葉を蒸らすのに少々お時間をいただきますが…」
「ふんっ、そんなもの関係ない。」
「(…だったら今の最適な状態で飲めやッ!)」
なんて言えるわけもなく、私は顔に笑みを貼り付けたまま「さて、どうしたものか?」と頭を悩ませる。
チラリッ、と横目で確認した我が主人の顔は今だに不貞腐れモード全開で、どこか寂しそうにも見えた。
「(…はぁ、まったく…)」
目が覚めたら既にメイドだったとは言え、なんで私はこんなわがまま全力お坊ちゃまの使用人だったのだろう。
メイドはメイドでも、もっと優男で有能な王子様みたいなお坊ちゃまの使用人がよかったなぁ・・・
それで禁断の恋に発展したりして。
あははっ、なーんてね・・・(棒読み)
と、いくら内心で文句を垂れても、仕えてしまったものは仕方ない。
不可抗力だったとしても仕方ない。
だって、こんな意味のわからない世界で職を失ったら、私は文字通り野垂れ死ぬ。
野良犬のご飯コースへまっしぐらだ。
そんなの絶対ごめんだ。
だから、まぁ、つまりですよ・・・
「・・・・・・ロイド」
「ッ、・・・!」
わたくし、お坊ちゃま専属メイドのアーシャ(20)は
「ひ、卑怯だぞッ、アーシャっ!!」
「いつまでも不貞腐れてるロイドが悪い」
顔はイケメンでも中身はとことんわがままで、それでいて本当は寂しがり屋の構ってちゃんお坊ちゃまのロイド(18)に
「ほら、ロイドの為に淹れた紅茶だよ?」
「な、ぁッ、うっ……わ、わかったよッ!」
今後も、渋々、仕えさせていただきます。