もう一度、その先へ ①
「しかし、再び踏破を目指すとするにしても、どうするか、お前さんがあてにしてたルートはふさがってしまったし」
イッポリートは岩に腰を下ろしながら言った。彼らが当初予定していたルートは、一つしか無い橋がPSYの力によって闇と共に崩れ落ちたことで通行不可となってしまった。あの時は力を使う場所を選べる状況になかったとはいえ、今となっては悔やまれる。
「イチから四層を調べなおすしか無いな。時間はかかるが、他に当てもない」
ベンたちがいるのは二層の古居住区だ。マンションの様に理路整然と部屋が並んでいる。ここはベンがユウキたちを始めての探窟で連れてきた場所でもあった。今日はとりあえず軽めの探索と言う事でこの場所を選んだのだ。
「あっ」
ユウキの声につられて視線を上げるとその先に鉱夫アリが一匹動いている。そう言えば、前にここに来た時サトリの足にへばりついて大変だった事を思い出す。
「こいつもはぐれかな」
以前のやり取りを懐かしく思いながらもぼんやりと口に出した。しかし、ユウキの言葉を否定するようにもう一匹アリが姿を表す。それから、もう一匹、あっちにも、向こうにもいる。そこでユウキは数えるのをやめた。
「・・・ベン」
ベンの名前を静かに呼ぶ。その間にもアリは着々と増えている。
「まずい! 一旦、場所を変えるぞ!」
奥から数えるのも嫌になるほど湧き出してくる鉱夫アリを前にベンは青ざめた。その特有のゆっくりとした動きで、どんどんと湧き出くる。わらわらと際限なく湧き出てくる様は不気味としか言い様がない。
ベンの指示よりも早くイッポリートもユウキも駆け出す。走りながら振り返ると、アリは洞窟を覆うほどまで増えていた。
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「な、なんだアレは?」
イッポリートが息を整えながら尋ねる。一匹一匹は対して大きくなくても、あれだけ数が揃うと恐怖を覚えるほど不気味だ。まだ背筋がぞわぞわとしている。
「巣別れだろうな。鉱夫アリは、一つの鉱脈を食べながらその周りに巣を掘り続けて非常にゆっくりと地中を進むんだが、鉱脈が別の穴につながると女王が死んで一斉に次の巣となる鉱脈を探して飛び立つんだ。あの時、サトリの足にへばりついてはあいつも逸れじゃなかったんだろうな。きっとあの群の先発隊だったんだ」
息も絶え絶えにベンが説明する。ちなみに、次の女王になれるのは新しい巣となる鉱脈を見つけたアリらしい。
「とりあえずあの場所はしばらくダメそうだな。巣の中にいた鉱夫アリが全部飛び立つまで地獄絵図だぞあれ」
ユウキが心底おぞましいものを見たと言う顔をする。
「そう悪い話ばかりじゃないさ。前にも言ったが、鉱夫アリの群れが通り抜けた穴は人が通り抜けられるほどの道に・・・」
はっとした様子でベンは言葉を止める。
「?」
「おい、ユウキちょっと地図を広げて見てくれ」
ベンに急かされるようにユウキは地図を取り出すとその場に広げた。ベンはコンパスを取り出すと、地図と交互に見比べながらそこに何かを書き込んでいく。
「・・・やっぱり」
状況が飲み込めない二人をよそに、彼は結論を出す。
「おい、一人で納得してないで、」
「ユウキ! お前にはマジで『眠り子の加護』がついてるかもな」
ベンは生き生きとした弾んだ声を出す。
「どう言うことだ?」
イッポリートもベンの突然の上機嫌に戸惑う。
「地図を見てくれ今俺たちがいるのがここ」
説明を始める。
「そしてさっき鉱夫アリたちが這い出してきたのがこの辺だ」
指で地図上の一点をつついて見せた。
「次に三層を見てくれ、見ての通り三層の西側に昔ロタサンゴの鉱脈があったんだ」
「昔は?」
「四、五年前に地震があって落盤でこの辺一帯に向かう唯一の側幹が塞がっちまった。ちょうどこの辺だ。今の所ここにアクセスするすべはない」
そういって先ほどベンがつけたばつ印を指差す。そこが落盤した箇所なのだろう。
「それがどうかしたのか?」
「地図をよく見ろ。ロタサンゴの鉱脈は普通水平に伸びてる。もし仮にさっきの鉱夫アリたちが三層西部の鉱脈から進んできたのだとすれば・・・」
先ほどの場所と、三層西部にあるという鉱脈をベンは結ぶ。
「だが、だからと言ってどうしたと言うのだ?」
イッポリートがそう尋ねるのも無理はない。そのアクセスできない三層の西部に行ける様になったとしてどうと言うのだろう。ユウキもベンの意図を理解しかねていた。
「よく見ろよ。封鎖された西区画から伸びる一本の道があるだろう。落盤のせいでアクセスできなくなっちまってたんだ。だがここにもれっきとした三層から四層へのルートの一つがある」
ベンはその道に沿って指を這わせる。四層に入り、そしていくつかの側幹を乗り換えながらついにはある場所に行き着いた。
「!」「!」
ベンの指を目で追っていたユウキとイッポリートは、それが行き着いた先に驚愕した。
「・・・橋の向こう。俺たちがこの前行った迷路の様な場所に繋がってる」
「そうさ、つまり」
ベンは先ほどの場所に指を戻す。
「もし仮に、鉱夫アリたちが掘った道が四層の西地区に繋がっているなら、二層から三層西部に入り、そのままこのルートを辿って四層につく、そしてその先は・・・」
「五層だな!」
イッポリートの声も弾む。
「ルート・ピットマン」
ベンは嬉しそうにその名前を口にする。各層から次の層に抜ける新たな道が発見されると、そのルートには発見者やチームの名前がつく。当然この三層から四層に至るルートにも名前があった。
「昔、俺がまだ加わる前にアリスター・ピットマンのチームが見つけたルートだ」
自分の事の様に誇らしげに告げる。
「運命だな」
ユウキはベンに微笑む。
「宿命かもしれん」
イッポリートもその偶然に因縁めいたものを感じずにはいられなかった。
「ああ、ここまできてあいつに救われるとはな。流石、『幸運』のアリスターだぜ」
ベンの言葉はこの洞窟に生き、この洞窟に散った一人の大探窟家に向けられたものだった。




